「表紙」2015年10月01日[No.1589]号
畜産女子、和牛飼育を継ぐ
闘牛のまちで名高いうるま市天願。安慶名米昭さん(50)は、妻の礼子さん(48)ともに理容業の傍ら、6年前沖縄闘牛界の名士であった父が遺した牛舎を継ぎ、親子で和牛の生産に取り組んでいる。長女の島袋愛里さん(26)は夫の康規さん(33)が父の下で畜産に転じたのに続いて、県立農業大学で学び夫婦して肉用牛繁殖農家となった。何より小さい頃から牛が好きだった次女の美由里さん(20)は、父がプレゼントした若雌牛「みら」を出荷できるほどに成長した畜産女子だ。理髪店が休みの日は礼子さんも牧場を手伝い、母娘そろって牛の世話に余念がない。
ファミリーの力で和牛生産
「この母牛は昨夜出産したばかりです」と、柵越しに愛里さんが背中を撫でる母牛の足元に子牛が見え隠れする。扇風機で外からの風を循環させる牛舎は、暑くもなく特有のにおいすら感じさせない。牛にストレスを与えない環境を整えた文三牧場は、従来のイメージと打って変わった牛舎だ。
文三牧場は、名うての牛主だった米昭さんの父、故・米三さんが闘牛を飼っていた牛舎である。闘牛の大関格を育て上げた父の影響から米昭さんは中学のころには牛の飼育に慣れ、孫に当たる長女の愛里さんや次女の美由里さんも幼い頃から自然に牛と関わってきた。
高校卒業後、理容師の道を歩む米昭さんは礼子さんと結婚。きょうだいの夫婦同士で理髪店を営みながら、5年前に他界した両親の名にちなんだ牧場で和牛の繁殖を始める。娘婿である島袋康規さんと愛里さん、そして美由里さんへ和牛飼育の技術を繋いだ。
父の経験、娘のハイテク
愛里さんは高校卒業後、違う職種に就くも県立農業大学の肉用牛コースで1年間学び家業に落ち着いた。文三牧場に携わって2年足らずで日は浅い。それでも夫婦で今年4月に初めて子牛を競りに出せたのは、型枠大工から転身し、義父である米昭さんから一足先に指導を受けて畜産共進会へ出品できる牛飼いとなった夫の康規さんの力もあるのだろう。
肉用牛繁殖農家は、種牛と母牛を交配させ、生まれた子牛を約8〜9カ月間育てた後、出荷して生計を立てる。
「子牛は生後3〜4日で母牛から離し、3カ月までは人工ミルクで育てます。早く離すことにより、母乳を抑え種付けによい発情期をコントロールするのです」と、繁殖技術を語る愛里さん。母牛は分娩後3カ月以内にコンディションを取り戻さねば畜産農家が成果を上げるための繁殖サイクル「年1産」が成り立たない。
繁殖計画を立てる一方、愛里さん夫婦は母牛の胎内に通信機能を持つセンサーを挿入し、破水や分娩のタイミングに備えている。そのデータは、逐一携帯電話に入ってくるという。分娩時のリスクを避けたハイテク型の経営は若い畜産農家ならではのこと。米昭さんは、「和牛の飼育は種付けから出荷するまで最低18カ月を要する。利益を出すためにもコストをかけるとともに培った経験を伝え、若い人たちのやり方を受け入れた」と、理想の畜産農家を目標にした考えを語る。
「和牛の繁殖で生計が成り立ったところだ」と語る愛里さんの笑顔は明るい。
後継者は育つ
母牛4頭から出発した文三牧場は現在50頭の親牛を数える。牛舎は4カ所に分散し、分娩間近の母牛は自宅近くの牛舎を、分娩後運動が必要となった際には郊外の牛舎を充てる。出荷数は年間25頭、来年は30頭を予定している。
繁殖を増やし競りに出し、血統をつくっていく、そんな文三牧場の担い手に次女美由里さんがいる。口数は少ないが、小さいころから米昭さんを手伝い、牛50頭の世話は慣れたもの。
「体調の悪い牛、発情して種付けができる状態や熱がある子牛は目視で見分ける。観察力に優れた牛飼いです」と、母の礼子さんは美由里さんを評する。うるま市の後継者育成に認定され、10月は米昭さんから譲り受けた若雌牛「みら」号を出荷する。
米昭さんと礼子さんは本業の理髪店にも精を出す。その分、日中は娘たちが牧場経営を切り盛りし、飼育技術を向上させていく。先日行われた中部地区畜産共進会では、愛里さんと米昭さんが各々出品した肉用牛若雌第2類と第1類でそろって県大会出場を決めた。後継者はすでに育っている。
(伊芸久子)
プロフィール
あげな れいこ1966年生まれ。21歳で安慶名米昭さんに嫁ぎ、娘4人、息子1人に恵まれる。うるま市天願で20年来、米昭さんのきょうだい夫婦共に理髪店を営む。理髪店の休みを利用して文三牧場の繁殖の血統を表す「飼育管理牛(繁殖和牛)一覧表」や牛の名札を作成する。競りの日は、早朝のミルクやり、ブラッシングなどに当たる。
しまぶくろ あいり
1989年生まれ。幼少時から祖父・安慶名米三さんが飼っていた闘牛のふんを片付けるなど、牛となれ親しんだ。2010年島袋康規さんと結婚。2014年県立農業大学校肉用牛短期養成科を卒業。第41回沖縄市畜産共進会に出品し、県農林水産部長賞を受賞した。
あげな みゆり
1995年生まれ。あいりさん同様、祖父・安慶名米三さんの闘牛の世話を手伝い、父米昭さんの畜産に関わりながら育つ。小さいころから動物好き。うるま市認定の肉用牛繁殖農家後継者となった。
うるま市天願=文三牧場
写真・前川 厚