「表紙」2017年06月01日[No.1675]号
花開く妻の人生を見守る
「私は昔、人前で話すのが苦手だったんです」。そんな内気な女性が、糸満の農家の長男嫁に。畑仕事、介護、子育てに奮闘した後、胃がんを発症。病を機に、彼女の人生は大きく変化した──。その女性とは、九州・沖縄で初めて野菜ソムリエ上級プロの資格を取得した徳元佳代子さん(60)。「一度は死にかけた人生だから、妻には好きなようにやってもらうのが一番」。夫の徳元加栄さん(60)は、忙しく飛び回る佳代子さんの仕事を尊重し、温かく見守っている。
苦難越え、今は楽しい日々
「夫は、私のことを『毎日楽しそうだな』って言うんです」と笑いながら話す佳代子さん。「だから私も『うん、毎日楽しい』なんて答えるんですよ」
九州・沖縄初の野菜ソムリエ上級プロとして、県産野菜の魅力を伝えるため日々忙しく飛び回る佳代子さん。琉球新報の生活情報誌『うない』の連載「やさしい やさい」をはじめ、テレビやラジオでも活躍中だ。昨年11月からは、シンガポールで料理教室も開催している。
佳代子さんが夫の加栄さんと出会ったのは、名古屋で会社員をしていた24歳の時。当時、大学を卒業し、造園業の修業中だった加栄さんは、佳代子さんのことを「はじめて会う楚々(そそ)としたタイプの人」だった、と振り返る。
裕福な家庭に生まれながらも、娘時代に家の事業が失敗し、苦労を重ねた佳代子さん。「私はすてきな結婚と縁がないだろう」との思いから、どんな縁談にも乗り気にならなかったが、加栄さんだけは違った。
「夫はごまかさず、ストレートに言う人。気楽で、地のままでもいられると思ったんです」
出会って1年後、25歳で2人は結婚。糸満市米須で農家を営む加栄さんの実家で暮らし始めた。
周囲に尽くした前半生
「妻はおだやかな性格で、口数も少なかった。いつも目立たないところで人の世話をしているというタイプでしたね」と加栄さんは目を細める。
佳代子さんに農業をさせるつもりはなかったが、結婚後すぐ加栄さんの父が病に倒れ、佳代子さんも自ら進んで畑仕事を手伝うようになった。
追い打ちをかけるように、義理の祖母と母の介護も始まり、子ども2人の子育て、長男嫁の役割も重なって、佳代子さんは昼も夜もなく働いた。
どんなに農作業や介護が忙しくとも「苦労や不幸は感じなかった」と穏やかに話す佳代子さん。ただ、自分の自由になる時間が持てないことだけが悩みだったという。
がんが人生を変えた
周囲のために尽くしてきた佳代子さんの人生は、45歳で胃がんを発症したことで大きく変化した。
「病名を告げられても、妻には悲壮感はなかった。自分のほうも、必ず治ると信じていた」と加栄さん。佳代子さんも「くよくよするより、元気になる方法を考えよう」と、医師に頼み込んで1カ月程で退院。1年半に及ぶ自宅療養を続けた。
「その頃、夫は私をいい気持ちにさせようと、家の周りを花で埋め尽くしてくれたんです。近所の保育園児が見学にくるくらいすごかったですよ」。加えて、ブロッコリーやキャベツなど、がん予防が期待できる野菜を作り始め、食べさせてくれた。「本当にありがたかったですね」
夫の支えと共に、佳代子さんの力になったのが「死ぬ前に、やりたかったことを全部やろう」という思い。その気持ちを原動力に、48歳で会社員になり、拓南製鐵会長の秘書として約5年半勤務した。54歳で超難関の野菜ソムリエ上級プロの資格を九州・沖縄地区で初めて取得。56歳で野菜ソムリエアワードで日本一の「金賞」を受賞し、佳代子さんの人生は新たな局面を迎えた。
「私はがんになってから、虚栄心がなくなり、人前でも話せるようになりました。昔の同級生は今の私を見て驚きますよ」
日々忙しく飛び回り、出張などで家を留守にすることも増えたが、「夫からとがめられたことは一度もない。本当に自由に仕事ができています」とほほ笑む。一方の加栄さんは「自分も若い時から、妻に文句を言われたことはなかった。だから、残りの人生は逆でもいいのかなと思っていますよ」とサラリ。
相手の仕事を尊重し、干渉はしないと口をそろえる2人。その背後には、強い信頼と愛情、そして絆が感じられた。
(日平勝也)
円満の秘訣は?
佳代子さん:お互いに尊重し合うこと。夫は誰よりも働く人で、何かあったら全力で家族を助ける人だと思っています。加栄さん:見守ってはいてもあまり口出しはせず、求められた時だけ手助けする。
プロフィール
とくもと・かよこ: 1957年神奈川県出身。九州・沖縄エリア初の野菜ソムリエ上級プロ(2011年認定)。第2回野菜ソムリエアワード金賞受賞(13年)。愛知県立女子短期大学卒業後、名古屋での会社員勤務を経て、長男嫁として糸満市の農家に嫁ぐ。野菜の生産の傍ら、「ベジフルマンマ」を設立。収穫体験、食育、野菜や果物の紹介や解説、食べ方の提案、予防医学に基づくレシピ開発などに取り組む。とくもと・かえい: 1956年糸満市出身。愛知県内の大学を卒業後、会社員として働いていた佳代子さんと名古屋で出会い、25歳で結婚。同時期に郷里の糸満市に戻り、実家の農業を手伝い始め、以後、農業に従事している。
写真・村山 望