「表紙」2012年07月12日[No.1424]号
白を基調とした店内、生花を保存する冷蔵庫は隅に置かれ、カフェのようなゆったりした雰囲気が漂う糸満市西崎のフラワーデザインスペース「felicha(フェリーチャ)」。
店長の岸本文乃さん(34)は昨年9月に第1子を出産したが、予定日の2週間前まで働き、産後9週目で復職。バイタリティーあふれる女性だ。
同店は花に目や鼻をつけて犬や猫などを作るアニマルアレンジを県内で先駆的に販売。岸本さんは「できる限りお客さんの要望に応えたい」と客の心に寄り添うアレンジを心掛けている。
人生の節目華やかに
菓子作り、パン屋、ブライダルジュエリーのデザイン…。岸本さんが花屋にたどり着くまでの経歴はちょっと変わっている。
那覇西高校を卒業後、福岡県の調理師専門学校に進学。その後、パン屋で5年ほど働き、ブライダルジュエリーのデザイン・販売を約6年務めた。
31歳の頃沖縄に戻り、何となく目にした花屋のスタッフ募集に応募。花について学んだ経験はなかったが、「物を作るのが好き」という岸本さんにとって、花のアレンジも何かを作り上げることと同じだったようだ。
店長の下で一から勉強した。まずは花の名前を覚えることからスタート。「バラとガーベラしか知らなかったので、カタカナの長い名前とか覚えられずに苦労しました」と苦笑い。次に、水の吸わせ方など種類ごとの扱い方を学んだ。
看板商品の「アニマルアレンジ」は、カーネーションなどを使って愛らしい犬や猫、ウサギなどを作る。前店長からアレンジを学んだ岸本さんだが、プードルやシーズー、ミックス犬など、客の要望に応えるうちに種類も増えた。
しかし、アレンジがうまくできずに苦労することも多いという。「花は答えがない。それぞれ大きさも長さも異なります。器と花のバランスをうまくアレンジできずに泣きたくなることもありますよ」
そんな岸本さんだが、「届けた花を受け取った人が喜んでくれる顔を見るのが一番うれしい」と言う。
人生の節目に花を添えられるのも魅力の一つだ。ブライダルブーケから誕生日などの記念日、仏前のお供えなど、人生のさまざまなシーンを鮮やかに彩る。
昨年9月、長女を出産。店長の退職も重なり、出産前後の約3カ月間、店を閉めた。11月中旬に新店長として復職した。「最初は産後1カ月で仕事に戻ろうと思ったんですよ。初めての出産で大変さが分からなかったんです」と明るく笑い飛ばす。
娘は生後6カ月までは実家に預け、その後、保育園に入園。実家で暮らしながら仕事と子育てを両立させている。
現在、スタッフと二人で店を切り盛りする。週に3回、仲卸で花を仕入れるが、日持ちしない花を買ってしまったり、袋を開けたらカビが生えていたり、失敗も多く、学びの日々だ。
子どもを持って一番変わったのは、仕事が早くなったこと。「子どもがいないと時間はエンドレス。アレンジに迷い、夜遅くまで店に残っていました。でも子どもが産まれてからは迷いがなくなり、手際が良くなりました。『早く帰ろう』と思うようになりました」
また、母になって花との向き合い方も変わったという。
慰霊の日には、沖縄戦で犠牲になった女学生らが眠る「ずゐせんの塔」や「白梅の塔」など4カ所の献花を依頼された。それぞれの塔について調べ、若くして大切な命を奪われた女学生たちを思った。「一般的に献花は菊など白や黄色の花が多い。でも10代で亡くなった女学生たちには、かわいらしいピンクが似合うと思いました」。菊は一切入れず、ユリやラン、バラなどピンクを基調とした華やかなかごの盛り花を届けた。「周囲の献花を見て、本当にこれで大丈夫かなと思いましたが、『もし自分の娘だったら』と考えたら、これでいいと思えました」。アレンジに母の愛情を加えられるようになった。
「私はまだまだ『ペーペー』で、自分に自信がありません。今は毎日をこなすのでいっぱいいっぱいですが、技術面を向上させながら楽しくやっていきたい」と抱負を語る岸本さん。日々勉強しながら、自分らしいアレンジを追求していく。
豊浜由紀子/写真・國吉和夫
那覇西高校、福岡県の中村調理師専門学校製菓技術科を卒業。パン屋やブライダルジュエリーのデザイナーを経て、「フェリーチャ」に勤務。2011年11月、店長に就任。「愛犬と一緒に火葬する花」「ケンカした彼女に贈る花」など客からのさまざまな要望に応える努力をしている。ゴールデンウイークにはキッズお花教室を開催し、子どもたちに花のアレンジの楽しさを伝えた。