「表紙」2012年12月20日[No.1447]号
県産ソバを身近に
そばと聞けば信州地方を思い浮かべる人が多いだろう。また、寒冷地でやせた土地でしか良いモノができないといったイメージもある。だが、そのイメージは正しくないと大宜味村田港でソバを栽培する平良幸也さんは語る。いくら丈夫な作物だといってもやはり良いものを育てるには、良い土が必要なのだ。「県産でも負けていません。栽培できる品種は限られていますが、私が栽培しているサチイズミは沖縄の温暖な気候だからこそ高品質なものができるんですよ」と熱く語る。県産ソバの知名度を高め身近な存在にするべく、努力を重ねている。
気候を生かした栽培
平良さんが和ソバ農家になったのは2010年のことだった。それまでは大宜味村の名産品であるシークヮーサーを栽培していたのだが、ある理由から転身を決意した。
その理由とは大宜味村内の耕作放棄地の問題だ。同村では農家の高齢化が進み、年々、放棄地が増えている。「長い年月をかけて耕してきた土地が荒れていくのを見ると、悲しいですね」と、平良さんは当時を振り返る。同じ農家として、もったいなかったのだと言う。
どうにかしたい。だが、生活を考えれば簡単に手を出せない。迷う平良さんの背中を、行政が後押しする。「国が指定する作物『戦略作物』と言うんですが、これを栽培している農家は、所得保障が受けられると知ったんですよ。だったら放棄地でそれを栽培しよう」。そう考えた彼は、ついに転身を決意。その戦略作物がソバだったのだ。
理由はもう一つ。耕作放棄地からの赤土流出を食い止めること。「海や川に土が流れてしまうのは、植物が根をはっていないからなんです。ソバで被覆してしまうことで、それも防ごうと。やっぱり、自分が生まれ育った場所ですからね。大事にしたいから」と柔和な顔に笑みがこぼれる。
ふるさとへの愛を胸に、九州沖縄農業研究センターの職員から指導を受けながらソバ栽培は始まった。植え付けは温暖な気候を生かして春・秋の年二回。2カ月半〜3カ月で収穫する。
「ソバは雨に弱いんです。だから、収穫時期には非常に気を使います」。雨に弱い。この性質が、本土産との大きな違いを生み出している。通常、本土では実が完熟した状態で収穫するが、雨の多い沖縄では、雨をさけるため7〜8分で収穫。つまり、若い状態でひいて粉にすることで、香りが高く、ねばり強いそばになる。彼のそばを提供している同村内の飲食店でも大好評だという。「作るからにはおいしいものを作りたいですからね。工夫することはいくらでもできるんです、もちろん気候を利用することもそうです」
気候による利点はもう一つ。春に植え付けができること。つまり、夏の需要期に新ソバを供給できるのだ。だが「湿気や水はけの問題、生育期間が短いこともあって、収穫量や品質を高める栽培管理が難しい」とデメリットもあるのだと平良さんはいう。
現在、彼が管理する畑では、300坪あたり50㌧の収穫量。しかし、本土ならこの2倍、100㌧は採れる。「でも、まだ手はあります。耕転同時畝立て播種および表層散播法という栽培方法なんですけど、簡単に言うと畑に畝を立てて種をまくことで水はけを改善する方法です」。上手くいけば、生産量も本土並みになり、消費者の身近な存在になれるはずだと熱く語る。
また、彼には最大の目標がある。「自分が作ったものを、直接、皆さんに届けたいんです。その第一歩として、手打ちそばのお店を開きたいんです。おいしいっていう声を聞きたいんですよ(笑)」
照れ笑いを浮かべながらそう話す平良さんの後ろで、畑一面に咲き誇る、かわいらしいソバの花たちは、彼の言葉にうなずき、励ますように風に吹かれ揺れていた。
佐野真慈/写真・佐野真慈
たいら ゆきや 1977年大宜味村生まれ。
建設業との兼業農家に生を受け、家業を継ぐ。2004年。シークヮーサーブームに乗り、農家一本に絞る。ふるさとの耕作放棄地問題に悩み、2010年に問題解決のためソバ農家へと転身。沖縄の温暖な気候を生かした栽培方法を取り入れ、約1万6000坪の畑を管理。収穫量は年間2トン。シークヮーサーに負けない村の名産品となることを目指す。平良さん自慢の和そばは道の駅おおぎみなど村内3カ所で味わえる。
ソバの実のおむすび
ソバの葉のみそ汁
おむすびは、ソバの実を水洗いした後、米と実を2:1の割合で一緒に炊くだけ。白米の甘さとふんわりと香るソバの香りがたまりません。みそ汁は、葉ものとしてソバの葉を利用。シャクシャクとした歯ごたえが楽しめます。ソバには高血圧に効くとされているポリフェノールの一種、ルチンが豊富に含まれているので、おいしく食べて健康になれる一石二鳥の食品なんですよ♪