「表紙」2013年06月20日[No.1472]号
「幻の虫」に魅せられて
子どもが大好きなカブトムシ、クワガタムシ。浦添市の高宮城皮フ科院長・高宮城敦さん(54)は、研究で訪れた南米エクアドルで、世界最大のヘラクレスオオカブトやゾウカブトに出合い、幼少のあこがれを思い出した。それから沖縄のカブトを追いかけ、海外からいろいろな種類を取り寄せて飼育。しかし県内の生息地の荒廃を目にし、生息環境の保護を決意した。幻のオキナワマルバネクワガタのために、ヤンバルの山地を購入。「環境を整え、自然に繁殖できる森にしたい」と繁殖環境を研究する。
希少種の森守りたい
カブトムシ、クワガタムシに夢中の高宮城皮フ科院長・高宮城敦さん。その情熱は尽きることがない。自宅の一部屋を、飼育用ケージが並ぶ「ムシ部屋」にした。ヘラクレスオオカブトの幼虫を病院で飼育。巨大な幼虫がケージから逃げ出し、看護師を飛び上がらせたこともある。待合室には、標本を展示。子どもたちの人気を集めている。
浦添市出身の高宮城さん。幼少期からカブトムシに興味があった。「子どものころは小さいものを取っていた。大きいのを取ると、とてもうれしかった」と自然と笑顔になる。しかし成長するにつれて、昆虫から離れていった。
アマゾンで衝撃の出合い
琉球大学付属病院に勤めていた1998年ごろ、厚生省の研究班として、南米エクアドルを訪問。約2カ月間、寄生虫による皮膚病の調査で滞在した。現地大学でカブトムシが大好きな教授と出会い、すぐに意気投合。夜、森にヘラクレスやゾウカブトを探しに行くようになった。
しかし大物は取ることができず、結局、同国のアマゾン入口の町・バーニョスを訪ねた時に標本を買った。それでも再び心を奪われるのには十分だった。「名前は知っていたが、ヘラクレス、ゾウカブトを見たらすごく興奮した」
帰国後、沖縄のカブトムシを採取して飼ったり、繁殖させたり、その後、標本にしたりした。当時はまだ外国産昆虫の購入に対する規制は少なく、ヘラクレスをはじめニジイロクワガタなど外国の成体を購入し、育てて、繁殖もさせた。
しかし、県内での採取を通し、生息場所が荒らされていることに気が付いた。「きっと外国でも、カブトムシの繁殖地が荒らされているのだろう」。次第に購入から遠ざかり、代わりに生息環境の保護に目を向けるようになった。
その一つとして、カブトムシと併せて採取していたハナムグリで、台湾からの移入種シロテンハナムグリの在来種への影響を調べた。在来のリュウキュウオオハナムグリとの交配を3年がかりで行い、自然界から採取した個体と比較研究した。その結果、これまであまり知られていなかった、自然界で交雑が進んでいるということを確認し、専門誌で発表した。
ヤンバルに7600坪
「幻の虫」とよばれるオキナワマルバネクワガタ。高宮城さんはこの希少種に魅せられ、10年間、毎年シーズンに生息地のヤンバルに通った。夜道を歩き、偶然路上にいるのを見付ける—という探し方。「翌日は休診という日に仕事を終えたらそのままヤンバルに行って夜中歩く。ほとんどいないけれど…」と話す。
大物を見つけたこともある。69.5㎜の「怪物」。「確か2005年だった。夜道で50mくらい先から見付け、懐中電灯を持つ手が震えたよ」。自然界で採取された世界記録に0.5㎜足りなかったものの、その標本は高宮城さんの宝だ。
「繁殖環境の条件が細かい。ほかのクワガタの幼虫は比較的どこでも育つが、マルバネは、大木の中が空洞になり、赤枯れして土化した所でないと繁殖できない。ヤンバルの山奥の限られた場所にしかいない」
近年のカブトムシブームの後、数が減少。全く見ない年もあり、危機感を募らす。そして「生息環境を守りたい」と、国頭村の生息地に近い森7600坪を購入した。「一坪300円ほどだったからできた。夢は環境を整え、自然に繁殖できるような王国にすること」
人工的に増やすのではなく、自然の中で繁殖させたい。高宮城さんのこだわりだ。そのために今、大木の朽ち方を研究している。大好きな虫を追いかけていた少年は今、昆虫を守りたいという大きな夢の実現に向けて歩きだしている。
写真・伊波一志/岩崎みどり
浦添市の高宮城皮フ科院長。県内の昆虫好きの医師らでつくる「メディカル昆虫同好会」に所属。高宮城皮フ科の住所は浦添市経塚676の1。木、日曜日、祝日は休診。