「表紙」2013年12月12日[No.1497]号
砂煙上げて疾走
キュルルルル〜。バイクが甲高いエンジン音をまくし立てて駆け抜けた。砂煙を上げながら、急カーブを体を倒すように曲がり、坂をジャンプして越えていく。スピードを上げて隣のライダーと競い合うこともある。競技は未舗装のサーキットを走るモトクロス。コースには、アメリカ人を含み男性が多い中、県内では少ない女性のライダー・町田真子(しんこ)さん(36)=浦添市=がいた。会社勤めをしながら週末に練習する町田さんは「乗るとスカッとして、スポーツとして楽しいです」と話す。
スポーツとして楽しむ
「いろいろなバイクに乗ってきましたが、モトクロスが一番好きです。スポーツとして楽しめますね」。モトクロス競技者の町田真子さんは語る。
サーキットは広い草むらにあり、赤土がむき出しになったコースには、凸凹道や大小の連続ジャンプ、カーブなどが組み込まれている。レースでは、コースを周回して順位を競う。未舗装のため、天候や走者の走り方によって道路コンディションが変わり、技術が試される。「コース状況が一周ごとに変わりますし、同じレベルの人たちと走ると抜きつ抜かれつして、楽しいんです」と目を輝かせる。
競技人口は定かではないが、数年前に行われた県内のバイクフェスティバルで、200台ほどが集まったという。一方で、女性は20人もいないそうだ。
2歳で初の乗車
初めて乗ったのは2歳のころだ。モトクロスは専用コースを走るので運転免許証が必要ない。そのため、親に連れられて子どもの頃から始める人もいる。町田さんもそうだった。
3年前に他界した父・比嘉勉さん(享年・58歳)は、県内で優勝経験もあるベテランだった。那覇市首里でバイク店「カスタム 首里」を営み、常連客とチームをつくってサーキット場に通うという環境の中、町田さんも自然とバイクに乗っていた。「当時は、ただ楽しくて。周りの大人たちに世話してもらって乗っていたんです」と振り返る。
中、高校生のころ、一時期バイクから離れたが、プロの走りを見たのをきっかけに大学に入ってから再び乗るようになった。
卒業後、社会人になってもバイクを続けた。その理由を「意外と負けず嫌いなので」と語る。「チームの仲間に『こんな乗り方しかできないならやめろ』って言われて、泣くこともありました。男の子にも勝ちたい。男だから、女だからと言われるのが悔しかった」と笑った。
ヘルメットをはじめ、首、胸、腰、ひざなどにしっかりプロテクターを着けて走る。遠めでは男女の区別も付かないほどだ。しかし、近くで見ると、思いのほか小柄。笑顔が印象的で、指にはきれいなマニキュア。会社員として働き「仕事で外回りをするので」と笑う。そのギャップに驚かされる。
二人三脚で励む
町田さんには、心強いパートナーがいる。夫の顕(あきら)さん(39)だ。勉さんの他界後、顕さんが店を引き継いだ。顕さん自身もモトクロスのライダーで、県内優勝の経験がある。町田さんのバイクのメンテナンスや勝つための乗り方を指導したり、2人で筋トレに励んだりもする。その甲斐もあって、ことしはレディースクラスで2位と1位の結果を残した。
周りから「危険だ」と指摘されることもあるという。もちろん転倒することもある。「でも、どんなスポーツにも危険はあります。だからこそ準備をしっかりしています」と説明する。「体力も、時間も、お金もかかるけど年をとっても乗っていたい。かっこよく乗れるおじいちゃん、おばあちゃんになりたいです」と語った。
そしてもう一つ願いがある。町田さんの幼いころ、県内ではモトクロスが盛んで、県外からわざわざ参加するライダーもいたほどだった。それが騒音などの影響でサーキットが少なくなり、競技人口も減った。「装備が必要だから気軽にできるものではありませんが、10代、20代の若い世代の競技者が増えてほしいですね」。凸凹とした土のコースを全力疾走するスポーツとしての魅力が広く伝わることを願っている。
岩崎みどり/写真・呉屋慎吾
1977年生まれ。那覇市首里の「カスタム首里」の常連15人ほどでつくるチーム「カスタム」のメンバー。主にうるま市のモトアイランドオキナワで練習している。
カスタム 首里☎098(884)0234