「表紙」2015年3月12日[No.1560]号
剣技を通し 部員を磨く
西洋中世の剣術を起源とする競技、フェンシング。細身の剣を持つ2人の選手が向かい合い、「突き」や「斬り」で勝負する。繊細でスピーディーな剣さばき、1対1の真剣勝負から生まれる緊張感が魅力だ。「フェンシングの試合は無言のやり取り。その中で、相手のやりたいことを逆手に取って、自分の出方を決めていく駆け引きが面白いですね」と宜野座高校フェンシング部顧問の門裕香(かど・ゆうか)さん(30)は話す。
和歌山県出身の門さんは、「沖縄にフェンシングを広めたい」という志を抱き、大学卒業後に単身で来沖。現在は、宜野座高校の体育科教員を務める傍ら、フェンシング部の顧問として熱心に学生を指導する。練習では厳しい指導者の面も見せるが、部員からは「人間として尊敬できる人」と絶大な信頼を寄せられている。
和歌山で生まれ育った門裕香さんがフェンシングを始めたのは高校に入学した時。中学までは陸上に励んでいたが、「どうせやるなら上を目指せる競技を」という考えから、フェンシングの全国的な強豪校として知られる和歌山北高校で、オリンピック選手経験者から直接指導を受けた。負けず嫌いの性格から「なにくそ」という気持ちで練習に打ち込み、スポーツ推薦でフェンシングの名門・法政大学に進学。女子主将を務めるまで力を伸ばした。
フェンシングの楽しさを伝えたいという気持ちから、卒業後は指導者になりたいという願いを抱く。
「自分が教えたらまだ伸びる可能性のある選手がいて、知り合いがいない場所に行きたいと思ったんです」。その条件に当てはまるのが沖縄だったという。門さんは、大学卒業後間もない2007年、見知らぬ沖縄の地に飛び込んだ。
来沖後、半年ほど一般企業で働く傍ら、沖縄工業高校、美里高校、具志川高校でフェンシングの指導を行い、翌08年には県内トップの強豪校・宜野座高校の臨時教員に採用された。以後、同校で教員として勤務しながら、フェンシング部の顧問として部員を育ててきた。
生徒からの厚い信頼
「フェンシングに関しては、全く妥協をしない先生です」。部の副顧問、屋嘉比心(やかひ・しん)さん(40)は、門さんについて、こう表現する。2年生の担任を務める門さんは、普段は関西弁の口調が人気で、生徒に親しまれる存在。だが、武道場に入ると顔つきが一変。厳しい指導の言葉が飛び出す。
門さんの真剣な思いに、部員たちは厚い信頼で応える。宜野座文乃さん(2年)は「人として尊敬できる大好きな先生。一人一人のことをしっかり見てくれて、思いやりがあります」と頬をゆるめ、川満正章さん(2年)は「日常生活の礼儀作法や、社会の厳しさについても教えてくれる先生です」と熱い口調で語る。
「沖縄の子たちは、とても純粋で素直」と門さんは言う。ただその分、試合などで受け身になってしまい、相手に流されがちな面もあるという。
「フェンシングには、対戦相手との心理戦で裏をかいたり、審判に自分の優位を主張したりする押しの強さも必要なんです」。部員たちには、持ち前の純粋さを守りながらも、積極的に前に出たり場をリードしたりする姿勢を養い、ひいては人として必要とされる人間になってほしい、と力を込める。
宜野座高校の部員は現在6人。県のフェンシング人口も、数十人程度とごくわずか。背景には、費用がかかり、指導者が少ないという事情がある。しかし門さんは「指導した子たちと、同じ選手として戦えるようになれれば」と希望を持ち、部員の育成を続けている。そして今日も、宜野座高校の武道場には鋭い剣の音が鳴り響いている。」
日平勝也/写真・桜井哲也(Sakuracolor)
フェンシングは西洋中世の剣術をルーツとする競技。選手は剣を片手に1対1で向かい合い、相手を「突く」、種目によっては「斬る」ことに成功すると得点が入る。「フルーレ」「エペ」「サーブル」の3種目があり、それぞれ使用する剣の形やルールが異なる。個人戦と団体戦があるが、個人戦の場合、通常は3分間5点先取、決勝トーナメントにおいては9分間15点先取で勝敗が決められる。繊細でスピーディーな身のこなしに加え、剣の動きから相手の意図を読み取る心理戦も重要な要素となる。
沖縄県フェンシング協会事務局
☎ 098(866)7902(阿波連)