「表紙」2017年09月14日[No.1690]号
「立方」が見初めた「地謡」
「小学校3年生のとき、おばの結婚披露宴で踊ったのが初舞台」。石川直也さん(44)は、中学1年生から琉球舞踊家の玉城千枝さんに師事し、3年生で早くも琉球古典芸能コンクール新人賞を、高校3年生で優秀賞、そして県立芸術大学3年生で最高賞を受賞し、今や組踊立方の中堅である。伝統芸能のほか、気に留めることもなかった直也さんは、沖縄芝居で共演した地謡の米須弥生さん(36)が気になった。昨年結婚、古典芸能の伝承に志を同じくする夫婦が誕生した。
思い一つに、伝統芸能を次代へつなぐ
昨年の4月、琉球箏曲奏者の米須弥生さんに1通のLINE(ライン)メッセージが届いて石川直也さんとの縁が生まれた。おととし11月の伝統組踊保存会の沖縄芝居公演で、直也さんは父親を演じ、弥生さんが地謡で共演したいきさつがあった。
「初めて弥生さんに会った瞬間、オーラを感じた。稽古中も弥生さんを意識し、公演が終わってからもずっと気になっていた」。直也さんはついに、ある三線奏者から電話番号を聞き出す。
「それまで接点がなく、よく知らなかった」という弥生さんはインターネットで直也さんの詳細を知る。初めて会った2人はぎこちなく会話するも、伝統芸能への思いを語る直也さんに、「この人と結婚するのかもしれない」と直感したという。琉球箏曲の師匠である母親の米須幸子さんにも勧められ、出会いから7カ月後に2人の縁組は調った。
根っからの舞踊好き
「弥生とは人生が変わる出会いだった」。そう語る直也さんは結婚するまで、琉球芸能に向き合う世界観にいた。
小学校3年生、おばの結婚披露宴で「谷茶前」を踊ったのが初舞台。父親が趣味で三線を弾き、大おじが古典芸能に携わる環境ではあったが、琉舞の道に進んだのは3人きょうだいのうち直也さんのみ。「中学に入ると母にせがんで、玉城流てだの会の玉城千枝先生の教室に通った」。友人らが部活でスポーツに励むように、直也さんは所作の会得に熱中する。
その技量が注目されたのは15歳のとき。古典舞踊の登竜門とされるコンクールで新人賞を受賞する。課題曲の男踊り「上り口説」が一番好きで、所作は体に染み付いているという。
18歳の琉舞少年に試されたのは、女踊り「伊野波節(ぬふぁぶし)」の20分にわたる切々とした男女の別れの心象表現。優秀賞を受賞するが、「結婚した今ならその心象も染みる」と、弥生さんをそばにして照れ笑いだ。
県立芸大を卒業と同時に、就活の手立てでもあった琉舞道場を開いた。後輩の指導は高校生のときからの念願であったという。
立方に寄り添う「箏」
一方、弥生さんは6歳から幸子さんに箏曲を師事し、三線は祖父の上原三郎さんが弾く歌三線を聞いて育った古典音楽一筋の女性。
琉球古典音楽の世界で、地謡の箏は歌三線を引き立てる伴奏楽器として奏でられるように、弥生さんは楚々と直也さんに寄り添う印象だ。「同年齢と思わせる落ち着きがある」と、7歳年下の妻を評する直也さん。
弥生さんが地謡を務めた先月の国立劇場おきなわ組踊公演では、直也さんは人さらい役で舞台に立った。直也さんは組踊立方の人間国宝、宮城能鳳さんに師事し、弥生さんと同じく組踊伝承者である。
「組踊はせりふ、歌三線、舞踊を組み合わせた総合芸術。音楽は立方の心象表現ですから、旋律が合わないと感情が入らず気持ちが緩んでしまいます。十分に積み上げた稽古で本番に磨きを」と、立方として熱い思いがある。さらに歌舞伎の舞台の袖から伝わる音楽奏者の緊張を、沖縄の芸能の担い手が意識することで質を高め芸能ファンを増やしたいと語る直也さん。
「谷茶前」に始まって35年、伝統芸能保持者から„みーなりちちなり“して受け継いだ技を若手に伝える役割が直也さんにはある。主宰する教室では、あえて子どもたちにしまくとぅばで指導することも。
伝統芸能の伝承は弥生さんも同じ思いだ。妻として地謡として、直也さんの活躍を支えたいという。
(伊芸久子)
円満の秘訣は?
直也さん:落ち着きがあり、自分をサポートしてくれる。仕事と家庭、箏の稽古を両立してよくやってくれている弥生さん:存在すべてが吸収できること。家事を手伝ってくれてありがたい。舞踊家の活動を支えてあげたい
プロフィール
いしかわ なおや: 1973年浦添市生まれ。96年県立芸術大学卒業後、琉舞道場開設。97年玉城流てだの会教師、2004年玉城流てだの会師範。15年光史流太鼓保存会教師。伝統組踊保存会伝承者、沖芸大琉球芸能専攻OB会会員、宮城能鳳組踊研究会会員、浦添市文化協会古典芸能組踊部会会長、石川直也琉舞太鼓道場主宰いしかわ やよい(旧姓こめす): 1981年那覇市生まれ。那覇商業高等学校卒業。団体職員の傍ら、趣味の箏演奏を続ける。2010年琉球箏曲興陽会師範、12年琉球古典音楽野村流伝統音楽協会(三線教師)、伝統組踊保存会伝承者(箏)、八重山古典コンクール箏曲最高賞、琉球古典芸能コンクール最高賞(箏)
写真・喜瀨守昭