「表紙」2019年10月25日[No.1799]号
曲がる、うねる、波打つコンクリートブロック
誰もが見慣れたコンクリート製のブロックを驚くような作品に変化させる作家がいる。彫刻家、能勢孝二郎(のせ・こうじろう)さんだ。硬質さと有機的な軟らかさを併せ持つ作品たち、コンクリートブロックという素材の魅力について話を聞いた。
これまで南城市のシュガーホール内部や県立美術館の屋外エリアなど、県内各地にシンボリックな作品を設置してきた能勢さん。最新作は那覇市安謝に建てられたビルの入り口にオブジェとして設置されている。一見普通のブロック塀だが、よく見ると正方形、三角形、六角形などにに切り出されたブロックが組み合わされ、緻密な計算のもと製作されたことが分かる。
能勢さんは「建物に設置するものなので強度にも気を使っているんですよ」と話す。複雑な形状の作品であっても、内部には鉄筋を組み込み、建築物としての堅牢(けんろう)さを確保しているそうだ。
ブロック塀に「嫉妬」
東京の美術大学で彫刻を学んだ能勢さん。当初は天然の石を素材とし作品を制作していたという。しかし、大学を卒業後の1980年代、故郷の沖縄に戻って来た際に大きな気付きがあった。ブロックが多用された街並み。人の暮らしに根付き、風雨にさらされ、劣化しながらも風情を醸し出すブロックたち…。能勢さんと彼の制作活動の中心を占めることとなる重要な素材が化学反応を起こした瞬間だった。
「石を彫って制作していた自分の作品がうそくさく思えてきました。あじくーたー(味に深みがある)な古いブロック塀の存在感に嫉妬したのです」と能勢さんは思い出す。一度気になり出すとイメージが膨らみ、素材として取り入れるまでにそう時間はかからなかったという。
しかし、当時の彫刻界、美術批評の場においては、ブロックを題材とするのはかなり異端と捉えられたそうだ。東京で初めてブロックを使った作品を展示した際は、それを笑う人もいたという能勢さん。「本来は彫刻を載せるための台座が作品になったわけですから」といたずらっぽい笑みを浮かべ当時を思い出した。
伝えたいのは「考え方」
「台座」を彫刻作品に変えてしまう能勢さん。制作の際は、入念にスケッチを行った上で、実際にブロックを削る作業となる。
ブロックの加工は、グラインダーなど電気工具を使い、大まかな形を削った後、砥石(といし)などを使い、手作業で表面を仕上げていく。手を使っての研磨作業が、作品表面の滑らかさや美しさを決定するそうだ。大規模な作品であってもこの工程が変わることはない。
また、制作中にブロックが少しでも欠けてしまえば、削り出しはやり直しとなる。大胆さと繊細さが求められる能勢さんの加工技術は、プロの石材加工業社でも、委託での作業を断るほど独自性の強いものでもある。
「朝起きたら、前日握っていた機械の振動で手が痙攣(けいれん)していることもよくあります」と話す能勢さんだが、その表情に疲れや深刻さはない。作品を通して伝えたいのは、「技術ではなく、背後にある考え方」だからだ。 ブロックという見慣れた素材の印象を、全く違うものに、場合によってはその質感さえも錯覚してしまうように変化させたい。そんなアイデアたちが能勢さんを突き動かしている。
コンクリートブロックは世界各地で製造されているが、それを使用してアートを作る能勢さんは稀有(けう)な作家なのである。県内各地の公共空間に溶け込む作品たちを目に留めた場合は、ぜひその自由な考え方を感じてみてほしい。
(津波典泰)