「表紙」2020年09月17日[No.1845]号
アダンの可能性広げたい
沖縄の海岸に自生する植物、アダン。そんなアダンの気根や実で筆を制作しているのが筆職人の吉田元さんだ。アダン筆は琉球王朝時代、役人に使用され本土にも渡ったが、毛筆の普及により衰退。吉田さんは独学でアダン筆作りに取り組み、試行錯誤の末に商品化にこぎつけた。現在は自らアダンの栽培も開始し、新商品のプロデュースを計画。食品の試作に取り組むなど、アダンの可能性を広げていきたいという。
今年恩納村にできたアダン筆ギャラリー&ショップにはアダンを材料にして作られた大小さまざまな筆が並ぶ。若くてみずみずしいアダンの気根(地上の幹や茎から垂れ下がって生えている根)の先をハンマーで叩いて制作したアダン筆は、コシがあり豪快な書き味が特徴だ。穂先から軸まで1本でできているため、毛筆のように穂先が外れたりしない。墨持ちが良く、最も大切な穂先の先端「命毛(いのちげ)」が消耗してもサンドペーパーで再生でき、長く使えるのも魅力だ。気根だけではなく、アダンの実にも繊維が含まれており、実で作った筆も制作している。
約300年の歴史があるというアダン筆。琉球王朝時代には役人が使用した。江戸時代には本土にも渡り、「雨月物語」の作者上田秋成がその書き味に魅了され愛用したことでも知られる筆だ。吉田さんはそんなアダン筆作りを始めて28年になる。
現代の技術で進化
転機は公務員時代。体調を崩して療養中、リハビリで好きだった絵や書を始め、竹筆に出合った吉田さん。「身近にある植物でも筆作りができないかと考えた。ガジュマルやサトウキビなどいろいろな植物で試していくうちにアダンにたどり着いた」
筆になる植物の条件は2つあるという。「植物の繊維質が丈夫であること。そして水分を持っているということ。条件を満たすのはアダンだけだった」と振り返る。
吉田さんは岡山県備前市に住む竹筆師から助言をもらいながら試行錯誤を続け、「商品化までに7〜8年かかった」という。アダン筆に取り組む過程で、琉球王朝時代から存在していたこと、毛筆の普及により途絶えていたことを知った。独学で始めたアダン筆作りだったが、偶然にも「幻の筆」の復活につながった。
苦労したのは乾燥する工程。アダンは水分を含むため、十分に乾燥させないと腐ってしまう。吉田さんは特殊な機械を手に入れ完全に乾燥させることに成功した。穂先をまとめる技法も考案し、当時にはなかった細い穂先を実現。現代技術を取り入れ、進化した筆を作り続けている。
アダン筆を後世に残したいという吉田さんは「1人でも多くの子どもたちに知ってもらい、使ってほしい」と話す。新型コロナウイルスが拡大した今年、アダンの実で簡単に作れる「アダン筆作り体験キット」を開発。筆作り体験に来られない人たちも自宅で沖縄の文化を気軽に体験できるようにとの思いから生まれた商品だ。
食材のプロデュースも
「沖縄のアダン文化は筆だけではない」と話す吉田さんは、新しいプロデュースを始めた。筆作りを通してアダンについて調べていくうちに、草履や帽子などの原材料とされていたことや、食材としても活用されてきたことを知った。今年、恩納村の300坪の畑に100株のアダンを植え、栽培に乗り出した。現在取り組んでいるのがアダンのピクルス。製造元である「龍華」(うるま市)の協力のもと、タケノコのような歯ごたえのあるアダンの新芽で試作品を作り、世に出すための準備をしている。「実際食材になるというところを突破口にアダンの可能性を広げたい」と思いを込めた。
(坂本永通子)
筆工房 琉球大発見
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