「表紙」2021年10月21日[No.1902]号
苦難の歴史が刻まれた子守唄
生活の中に豊かな芸能が息づく与那国には、豊富なわらべうたが伝わる。多くは優しい旋律でありながら、中には歌詞に人頭税など島の苦難の歴史が刻まれているものもあるという。11月3日(水)、そんな与那国のわらべうたを収録したアルバム『ハララルデ〜与那国のわらべうた〜』が発表される。アルバムの制作にあたり、与那国育ちの民謡継承者の太田いずみさん(30)は、記録された音源や地域の先輩方への聞き取りをたよりに、24曲のわらべうたを選び出した。
〽ハララルデ ハルラルデ/アブタヤ ディンヌリヌ ハタギンキ/ンティフインデ ハララルデ ナグンナヨ…
与那国を代表する子守唄「ハララルデ」は、こんな歌い出しで始まる。母親が子どもをあやすような、優しく親しみやすい旋律が印象的だ。だが、ハララルデ(人によってはハルラルデとも)という与那国独特のあやし言葉に続く歌詞は、「お母さんはディンヌリ(地名)の畑に/芋掘りに 良い子だから 泣かないでね…」という意味。その後の歌詞にも、厳しい労働にいそしむ一家の姿が歌われている。
歌詞の背景にあるのは、琉球王国時代、宮古・八重山に課せられた人頭税。島唄解説人の小浜司さんは、「歴史上にあったことが、わらべうたとして残っているということはすごいことだ」と感嘆する。
歌の収集に奔走
「与那国の人に『小さい時に歌った歌を覚えていますか?』と聞くと、だいたいハララルデは聞いたことがあると言います」と民謡継承者の太田いずみさん。 与那国のわらべうたを集めたアルバムを制作するにあたって、歌い手とともにディレクターとしての役割を務めた。
「アルバムには24曲のわらべうたが収録されていますが、今も歌われているのは、ほんの数曲。でも、歌が好きな方に聞いたり、島の先輩方が出した書籍を見たりすると、歌詞がたくさん残っています」
いずみさんは与那国で生まれ、本島の南風原高校郷土文化コースに進学。県立芸術大学で琉球箏曲を学んだ。現在は南風原町で子育て中だが、アルバムに収録するわらべうたを集めるため島に通った。与那国町の教育委員会に保存された音源を聞き、地域の先輩方に聞き取りを行ったという。
「わらべうたや民謡は一つの歌でもいろいろな歌詞、歌い方がある。それを全てやるとなると、CD一枚ではおさまらない。今回は私がいいなと思うものを選びました」
歌の発音にも苦労した。「私は与那国語を知ってはいますが、100㌫会話ができるわけではないんです」といずみさん。与那国独特のアクセントで歌うにはどうすればいいか悩んだが、先輩方の指導を仰ぎ、自分なりの節回しや発音を研究した。
不安もあったが、「この機会を逃してしまうと、ドゥナン(与那国)のウヤハブディ(ご先祖)が遺してくれたものが消滅してしまうのでは」との危機感から心を奮い起こし、民謡歌手の兄・與那覇有羽さん、有羽さんの妻・桂子さんと共に歌の録音に臨んだ。
歌が生活に根付く島
アルバムのプロデューサー、小浜司さんは「学術的にではなく、生活の中にある歌にこだわって、誰でも歌えるような雰囲気にもこだわった」と話し、「与那国の今の姿、いずみたちの年代が引き継いでいる与那国をパッケージできた」と胸を張る。
わらべうたのほかにもボーナストラックとして6曲が収録されているが、中でも注目は「でんさ節」。もともとは八重山民謡だが、「与那国ではお祝いからお通夜まで、生活の至る所で歌われている」といずみさんは言う。ユニークなのは、詞を即興で作って歌うこと。時には、人から人へ歌詞をバトンタッチしてつないでいくこともあるそうだ。
「うれしい時にも歌うんですけど、その人の最期の時にも歌で見送る。与那国にはそういう習慣が根付いています」
インタビューの最後に、いずみさんは「他のわらべうたも知っている与那国の方がいたら、ぜひ教えてください」とアピール。その熱心なまなざしには、故郷・与那国への愛があふれていた。
(日平勝也)
太田いずみ、 與那覇桂子、與那覇有羽『ハララルデ〜与那国のわらべうた〜』
発売元:リスペクトレコード
3,080円(税込)
問い合わせ: ☎︎ 03-3746-2503
太田いずみ
与那国に育ち、南風原高校郷土文化コースに進学。県立芸術大学の琉球芸能専攻琉球古典音楽コースで琉球箏曲を学ぶ。現在は南風原町で暮らす。与那国民謡歌手の與那覇有羽は実兄