「表紙」2023年02月09日[No.1970]号
琉球競馬を再現したイベント、馬の存在再び身近に
速さではなく、走る姿の美しさを競う。沖縄にはかつて、世界でも類を見ないかたちで行われる競 馬があった。沖縄本島では1943年、首里で開催されたのを最後に途絶えていた行事だが、沖縄こど もの国が「琉球競馬 ンマハラシー」として再現する取り組みを続けている。先月22日に3年ぶりに 第18回目のイベントが開催され4団体17頭の馬が出走した。琉球競馬は沖縄の歴史や、先人の暮ら しを知る手掛かりとしても重要な意味を持っている。会場を訪れ、関係者たちに話を聞いた。
ぱっかぱっかぱっか…、ひづ めの音を響かせて2頭の馬が 駆けていく。伝統衣装で着飾っ た騎手たちの姿も印象的だ。 晴天に恵まれた先月 22 日、沖縄 こどもの国で開催された「琉球 競馬 ンマハラシー」。往復約 100㍍のコース周辺には多 くの観客が訪れていた。
ンマハラシー(馬走り)とは、 かつて県内各地で行われた琉 球競馬の呼び名の一つ。こども の国のイベントは、走りの美し さを競うという、琉球競馬の 根幹を継承しながらも、現代 の人にも分かりやすいよう工 夫を加えて行われている。
馬と騎手の緊張を感じて固 唾を飲む人、馬に声援を送る 子どもたち、会場が一体となっ て競技の行方を見守っていた。
ルールと見どころ
2頭の対戦形式で行われる 競馬は、スタートからすでにユ ニーク。騎手同士が合図を出 し、お互いの息が合ったところ で走り出す、相撲の立ち合いの ような方法だ。速さを競う競馬では、襲歩という走り方が基 本だが、琉球競馬だと大幅な 減点対象。馬の足運びが優雅 で、騎手の上下動が少ないイシ バイ(落ち着いた走り)、または ジーバイ(地走り)と呼ばれる 走法を保つことが、美しいと評 価される。出走を終えた2頭 の馬は、4人の審判が上げる旗 で優劣を判断する。
ペースを保って馬を走らせ る様子は、穏やかにも見える が、騎手との信頼関係に基づい た高度な技術だ。馬は本来、環 境の変化に敏感な動物。多く の観客がいる場では、とっさの 反応として、立ち上がったり、 襲歩で走り出すことがある。い かに馬を落ち着かせ、美しい走 りを引き出すかは、騎手の腕の 見せ所である。
馬と人の歴史伝える
琉球競馬のルーツは王朝時 代の「御用馬」にある、と話すの は、スポーツニッポンの記者・梅 崎晴光さん。2006年から 県内で競馬の記録や痕跡を調 査している。
琉球国王が交代する節目 に、時の中国の王朝から派遣さ れてきた冊封使節団。使節団 は今で言う国賓だ。その人々を 安全かつ快適に移動させる手 段が、よく調教された御用馬 たちだった。落ち着いて歩みを 乱さず、乗る人の上下動が少 ない、という琉球競馬の審査基 準は、御用馬に求められた能 力と一致する。御用馬を見定め るために「御用馬見立て」とい う試験も存在した。18 世紀以 降、県内各地に移り住んだ士 族=屋取たちが、御用馬見立 てを独自に行い、娯楽化して いったのが琉球競馬なのだと 梅崎さんは推測する。
御用馬のような優秀な馬を 確保できたのは、馬が身近な存 在だったからだ。昔の人々は馬 を飼育し、荷物の運搬や農作 業に用いてきた。しかし、軍馬 として戦争に巻き込まれたこ とや、戦後の農業の機械化で、 人々の生活環境から馬の姿は 急速に消え、現在に至ってい る。
「沖縄の歴史・文化を支えて 琉球競馬を再現したイベント、馬の存在再び身近に きた在来家畜を残したい、と 考えた時に、馬の活用方法と して思いついたのが『ンマハラ シー』なのです」
こどもの国・広報担当の金 尾由恵さんはそう話す。今後 はイベントを継続しながら、馬 主となる個人や団体を増やし たいそうだ。多くのファンがい る闘牛のように、琉球競馬も 地域にしっかりと定着させた いという。
馬の足並みの美しさ、騎手の 技術、伝統的な衣装や馬具…。 琉球競馬の会場は、先人たち が育んだ、魅力的な文化であふ れている。まだ見たことがない、 という人は、次回の大会にぜひ 足を運んでほしい。
(津波 典泰)
〈問い合わせ先〉公益財団法人 沖縄こどもの国
沖縄市胡屋5-7-1
☎098-933-4190
写真・村山 望