「表紙」2023年06月22日[No.1989]号
戦時下の人間の姿を克明に描写
1978年に『沖縄決戦』でデビューして以来、沖縄戦を主題にした作品を発表し続けてきた漫画家のしんざ と けんしんさん(76)。執筆にあたっては精密な調査を行い、戦時下の沖縄の光景、凄惨(せいさん)な戦闘、 そしてその中に置かれた人々の姿を、ドキュメンタリータッチで映画のようにリアルに描き出すのが特徴だ。 しんざとさんは現在、中南部に比べて多くは語られてこなかった、やんばるでの戦いに焦点を当てた描き下 ろし大作『国頭支隊顛末記(くにがみしたいてんまつき)』を執筆中。今年中の出版を目指している。
ルネッサンスの巨匠たちに憧 れ、画家を目指していたしんざ とさんが漫画家になろうと 思ったのは高3の時。
図書館で『沖縄健児隊』(大 田昌秀・外間守善/編)という 本を偶然に手に取った。師範学 校と中等学校の男子生徒によ り組織された学徒隊「鉄血勤 皇隊」の生存者らによる戦争 記録集である。
「たくさんの学徒の方の記録 が載った本なんですよ。この本 を読んで、文面から彼らの姿、 動きがもう本当に伝わってき た」と振り返る。
彼らの姿は一枚の絵では描 けないが、漫画であれば表現で きるかもしれない―。それが、 漫画を描くきっかけになった。
綿密な調査もとに執筆
漫画家を志したしんざとさ んは、昼間は電化製品のセール スやタクシー運転手などの仕 事をしながら、夜に漫画を描 く生活を始め、デビュー作と なった長編『沖縄決戦』を描き 始めた。
「ところが、沖縄戦というの は、そんなに簡単なものではな いんです」。しんざとさんは沖 縄戦の資料を読み込み、戦場 となった場所に頻繁に足を運 んだ。「自分の目で見ながら、ガ マに入ったり、夜に訪れたり …。なんとか感じたい、自分で 体感したいと思ったんです ね」。体験者への取材も重ねた。
しんざとさんの作品のタッ チは、リアリティーを重視する 劇画のスタイル。沖縄戦の様子 を絵にするには、当時の日本軍 やアメリカ軍の兵器や軍服に ついても詳しく知る必要が あった。それらを一つずつ調べ、 ようやく沖縄戦を描くことが できるようになったという。
しんざとさんは、最終的に3 80㌻の作品となった『沖縄決 戦』を、発表のあてもなく使命 感で描き続けていたが、うわさ を聞いた月刊沖縄社の社長が 出版を持ちかけ、1978年に 刊行。これがデビュー作となっ た。
以後、沖縄を舞台とする 数々の作品を発表し続けてき たしんざとさん。琉球王朝史、 偉人伝、うちなー芝居、ハブ捕 りなどをテーマにした作品も 手掛けつつ、ライフワークとして 沖縄戦を描き続けた。『水筒』 戦時下の人間の姿を克明に描写 『白梅の碑』『シュガーローフの 戦い』『死闘伊江島戦』など、い ずれも大部の力作だ。
しんざとさんの漫画は、綿密 な調査に基づいて、沖縄戦の実 像に迫るセミドキュメンタリー といえるもの。作中に登場する 人物のほとんどは実在の人物 だ。日本軍だけでなくアメリカ 軍、地域住民などさまざまな 背景を持つ人々が入り乱れ、壮 絶な生死のドラマを織りなす。 その姿は一様ではない。軍人の 中にも、命と引き換えに「忠 義」を貫き通そうとする者も いれば、疑問を抱く者もいる。 作家の想像力も駆使しなが ら、戦場における生々しい人間 の姿を、一人一人の内面に至る まで鋭く描き出していく筆致 に圧倒される。
やんばるの戦い描く新作
現在、やんばるでの戦いを描 いた新作『国頭支隊顛末記』が 完成間近。全 38 章約千㌻の大 長編の予定で、今年中の刊行を 目指している。しんざとさんは 毎日朝7時から執筆に取り組 むが、アシスタントに頼らず背 景まですべて独力で描くため、 1日1㌻しか進まないという。 新作には、準備期間からはじ め、 10 年以上を費やしている。
デビューから半世紀近く、沖 縄戦をどんなに描いても、描き 尽くすことはない、としんざと さんは力を込める。「ひめゆり 学徒隊の引率教官だった仲宗 根政善先生がお話された時 に、沖縄戦というのは、深い深 い底なしの井戸をのぞき込む ようなものだよ、とおっしゃっ た。僕はまったく、ああその通 りだな、と思う」
沖縄戦の実像を、劇画を通 して後世に伝えたいという思い を胸に、しんざとさんは今日も 机に向かい、ペンを走らせる。
(日平 勝也)
公式ホームページ
https://www.kenshinblog.com/
写真・村山 望