「表紙」2024年02月15日[No.2023]号
タレントから落語家へ転身
会場がぱっと明るくなるような声を響かせ、客席に笑いを届ける落語家・金原亭杏寿さん。タレ ントから落語家に転身し、5年3カ月の前座修業の後、昨年2月、県出身の女性落語家として初め て二つ目に昇進した。「タレント活動の中で、何者にもなれないかもしれないという漠然とした不安 があり、自分の中でぶれない軸が欲しかった」と入門の動機をまっすぐなまざなしで語る。
「二つ目になって沖縄に帰っ て参りました」 1月 24 日、那覇市のテンブ スホール。師匠である金原亭 世之介さんと共に高座に上っ た杏寿さんは、客席に深々と 頭を下げた。客席からは拍手 とともに「かなさんどー!」 の声援が上がる。
落語の世界には、前座見習 い、前座、二つ目、真打ちとい う階級がある。前座は落語界 の作法やマナーを身に付ける 修業期間で、二つ目から一人 前の落語家として認められる。
杏寿さんは、昨年2月 11 日 に沖縄出身の女性落語家と して初の二つ目に昇進。 24 日 の高座が、二つ目昇進後、初 めて沖縄本島で落語を披露 する凱旋公演となった。
師匠の芸に一目ぼれ
かつて県内で、本名の川満 彩杏(あい)の名でタレント活 動を行っていた杏寿さん。テレ ビ、ラジオへの出演のほか、演 劇、お笑いと幅広くチャレンジ を続け、2016年には東京 に拠点を移す。しかしその中 で、「私は何者にもなれないか もしれない」という漠然とし た不安を抱いていた、と振り 返る。
そして出会ったのが、落語 だった。2017年 10 月、演 技の勉強になるからと勧めら れて足を運んだ金原亭世之 介師匠の独演会に衝撃を受 け、そのわずか1カ月後には 入門を許可された。
「アヒルと一緒ですよね。生 まれて最初に見たのが親だ、 みたいな…。普通、落語家に なろうっていう方は、いろんな 師匠の噺を聞いてみて、この 人だっていう師匠を決めて入 門に行くんですけど。私は一 目ぼれでした」
それまで落語には縁がなか ったという杏寿さん。「私がこ の道を歩いていいのかと悩み ましたが、やらないで後悔す るよりは」と思い切って落語 界の門戸を叩いた。
修業期間である前座のう ちは、稽古はもちろん、寄席 に通って師匠方の着付けを手 伝い、お茶を出すのも大切な 仕事だ。一人一人着付けの手 順が異なり、お茶の好みも異 なるので苦労したが、言われ ずとも師匠の望みを察するこ とが、寄席で客席の空気を読 む訓練にもつながった、と話す。
演じ方を模索
「落語は、ちょっとした口調 やテンポの違いで人物を表せ るのが魅力」。だが、演じすぎ ると心地よさが失われるとい う。一方で、感情を入れなさ すぎても駄目で、その塩梅(あ んばい)を見極め、自分なり の語りを模索するのがやりが い、と生き生きした表情で語 る。滑稽噺が中心だった前座 から、人情噺など感情の機微 を表す噺を演じる機会が増 える二つ目となり、タレント 時代に学んだ演技の経験も 生かされている、とほほ笑む。
24 日の沖縄凱旋公演では、 世之介師匠の落語をはさみ、 「ざるや」「お菊の皿」の二席 を披露。ざる屋の売り子が、 縁起を担ぐ旦那に気に入ら れる「ざるや」では、ホールい っぱいに持ち前の明るい声を 元気よく響かせ、客席に華や かな空気が広がった。幽霊の お菊さんが思わぬ人気者と なってしまう「お菊の皿」では、 江戸の町民のアイドルになっ たお菊さんをユーモラスに演 じ、途中で杏寿さんがマイク を手に歌謡曲を歌う場面も 織り交ぜたユニークな高座と なった。
二つ目の次に待つ落語家の 最高位・真打ちへの昇進を目 指して、日々芸を磨く杏寿さ んを応援したい。
(日平 勝也)
写真・村山 望