「表紙」2024年03月14日[No.2027]号
創業70年、4代目の挑戦
戦後、焼け跡のまだ残る闇市の中から姿を表した「民芸酒場 おもろ」(以下「おもろ」)。1953年 の開業以降、舞踊家の真境名由康や島袋光裕など、琉球文化を支える多くの文化人に愛されて きた。70周年を迎えた昨年、装いも新たに那覇市壺屋のサンライズ通りに移転。現店主であり、初 代の孫にあたる新垣亮さん(47)に話を聞いた。
「おもろ」は戦後、アメリカ 統治下である1953年に 那覇市桜坂近くの中通りで 開業した。店の名付け親は 画家の南風原朝光。カウン ターに5、6人座れば満員と いう小さな店ではあったが、 ウイスキー全盛の時代に堂々 と泡盛が飲めるお店として、 泡盛党から強い支持を得た。
「この時代、泡盛は恥ずか しいものとして隠れて飲まれ ていたんです。その中でオジー は『琉球の酒を大事にしなけ れば』と泡盛一本だけを出し ていたそうです」と話すのは、 初代店主・盛市さんの孫で あり現店主の亮さん。
63 年にグランドオリオン通 り近くに移転してからは店 内を拡大。店内にはやちむ んやバーキをはじめ、かつて 新城島で作られていたパナリ 焼きなど、琉球文化の民芸 品を並べた。やがて民芸運動 や祖国復帰運動の熱が高ま るにつれ、大嶺政寛(画家) や末吉安久(画家)、県外か らも棟方志功(板画家)や山 下清(画家)などが訪れ、文 化人の交流の場となっていっ たという。
4代目としての決心
亮さんが初めて「おもろ」 の門を叩いたのは 30 代の頃。 3代目である父・則武さんが 営む店に客として訪れた。以 来、店の手伝いを始めるよう になった亮さん。ときおり則 武さんから後継の話をされ るも、歴史あるお店ゆえの責 任の重さから、即断はできな かった。そんなある日、則武 さんが病に倒れる。当時のこ とについて亮さんは「店に立 たないといけない状況になっ たことで、ようやく決心がつ きました」と振り返る。
「誰かが続けないと長い歴 史が途絶えてしまう、という 危機感ですよね。それと『残 してほしい』という周囲の方 の声も後押しになりました」
常連で染物作家の平井真 人さんは「沖縄文化発祥の 地と言っても過言ではない。 多くの文化人・著名人に愛 されてきたそのようなお店 が、今の時代に存在し続けて いることが貴重ですよね」と 話す。
現代と伝統の融合
昨年7月に那覇市壺屋の サンライズ通りに移転した 「おもろ」。繁華街に一線を画 す古民家風の外観。敷居を またぐと、琉球時代から使わ れている香草ヤマクニブーの香 りが郷愁を感じさせる。
内観は店の雰囲気をその ままにと、カウンターや棚板、 窓、柱など内装を移築。細か い部分は当時の資料を集めて 再現したという。
「オジーだったらどうする かを常に考えながら店づく りをしています」と亮さん。
提供しているのは伝統的 な琉球料理。泡盛は古酒に こだわり、カラカラとちぶ ぐゎーで出している。
「これまでは知る人ぞ知る お店だったのですが、これか らは県内外問わず多くの人 に発信していきたい。沖縄の 民芸品や料理、古酒の良さ を知るきっかけになれたら」 と亮さんは語る。
戦後から続いている時間 と、多くの客の息吹が年輪 のように刻まれている「おも ろ」。民芸と食を通して、現 代と伝統が融合した新しい 「文化交流の場」を目指して いる。
(元澤 一樹)
那覇市壺屋1-6-23知念ビル1階
営業時間=18:00~22:00
定休日=不定休(要問い合わせ)
☎098-959-8358
写真・村山 望