「表紙」2011年10月20日[No.1386]号
県内最北端、緑豊かなやんばるの山を背に、眼前に東シナ海を望む辺土名高校。沖縄で唯一の環境科に学ぶ生徒たちが、課題ごとに分かれ、フィールドワークに出発した。この日はあいにくの空模様だったが、「このくらいの雨は全然平気」と話しながら、平南川とアザカ川の合流地点に着くと、ザクザクザクと川の中へ。アザカ滝でも慣れた手つきで浅瀬の水や砂、石などを採取する。実に楽しげに、そして真剣に、生きた教材と向き合う生徒たちと夢中で水辺を歩いていると、いつのまにか雨が上がっていた。
自然が教材 成果を形に
同じ科・同じ教室にいながら、まったく違う動きをしている。
赤土流出による河川の濁りの度合(濁度)を計測するために、持ち帰った土砂をサンプルにしている女子生徒。クワガタやチョウなど、昆虫類の個体変異を観察する男子生徒。微細な水生生物を確認するため、ピンセットで不純物を選り分けてカテゴリー化するグループなど、おのおのの課題に分かれて研究に取り組んでいる。
今年の3年生のテーマは、6つに及ぶ。特に、屋外での実習が多いグループは、何度も現場に足を運ぶ。
「同じ川でも、今日みたいに台風の直後だったりすると状態が変わってしまうから、何回も同じ場所でサンプルを取るんですよ。それに、同じやんばるの森に流れる川でもそれぞれ違うから、比較して特徴をつかまないと」
定点観測を含め、繰り返しの多い実習に辛抱強く取り組むのは、各課題に共通している。
「自然を相手にしているので、いろいろな条件に左右される。思う通りにならない場合も予測して、課題解決の方法を探るので、意識が高いし、ビジョンが広い生徒が多いですね」と担当教諭は話す。
全県、県外からも集まる環境科に進んだ動機は、
「自然と触れ合える実習が多いところが魅力です」と充実感いっぱいの生徒たち。「(他校の)友達からも楽しそうってうらやましがられるよね」と話す一方、「自然が相手だから、絶対に気は抜けません」と”遊び“の要素は感じさせない。
「環境っていうと、森林伐採とか絶滅危惧種とか、サンゴの死滅とかのキーワードが浮かんできて、堅いイメージだった。でも、水に触ったり森に入ってると、なんか幸せ感じるよね」「うん、癒やされる」。
3年間の実体験に裏打ちされ、繰り出される言葉の数々。体感して初めて自分の中から湧き出る課題。そんな経験を、幸せや癒やしというキーワードで紡ぐ生徒たちのすがすがしさが伝わってくる。
将来の夢を聞くと、進学して研究者になりたいという生徒ももちろん多いが、ある生徒は、子どもと関わる仕事に就きたいという。
「課題に取り組む中で、チームワークの大切さ、コミュニケーションの重要性も学んだ気がします。それを人との関わりに生かしたいな、と思って」と、はにかむ。「県外に出て、視野を広げたいという希望もあります」―どっしりと、自分たちを見守ってくれた故郷があるからこそ、帰れる場所があるからこそ、外の世界に飛び出していけるのかもしれない。
◇
先輩から引き継いだ標本を前に、ディスカッションをくり返す男子生徒は、
「やんばるは自然の宝庫って言われるけど、なかなか出合えない個体も多いんです。先輩たちが残してくれた標本は、宝物、かな。僕たちも自分の足跡を残せればいいな、と思います」。
その言葉通り、フィールドワーク後の、ち密なレポート作成に重きを置き、成果を目に見える形にする作業にじっくりと時間を掛ける。昨年の卒業生や、現在の3年生が2年生の時に作成したレポートを見せてもらった。写真や綿密なグラフ、成分分析などを基に、仮説から一定の結論が導き出されているそれは、生徒たちの努力の結晶。若く澄んだサイエンティストの目で切り取ったやんばるの今、生きている自然、そして、この地に寄り添う生徒たちの姿が浮かんでいる。
「自然を守ろう、とか語るには、まだまだ知らないことが多いです」
ストレートな言葉に、はっとさせられた。
時に荒れ、しかしおだやかな自然と向き合ってきた。物言わぬ生き物たちを見つめ続けた。そして、それらの代弁者になることを夢見て3年間を過ごしてきた。だからこそ口をつく言葉なのだろう。
島 知子/写真・島袋常貴
大宜味村。昭和20年創立、平成13年に新設した環境科と普通科合わせて150人(男子83人、女子67人)。全国でも数少ない環境科には、県内外から生徒が集まるため寮もある。新設10年目ながら、沖縄県生徒科学賞作品展や沖縄青少年科学作品展、高校生による生物科学展などでの受賞歴多数。