「表紙」2012年01月26日[No.1400]号
那覇市銘苅にある美容室「Branche」で店長として働く嘉手納敦子さん(42歳)。圭冶君(7歳)と史士君(4歳)のワンパク盛りの男の子二人のママでもある。彼女の休日は週に一度しかない。「仕事と子育ての両立は本当に大変です。でも、今の自分があるのはこれまで出会ってきた人たちのおかげですから、その方たちに、『ありがとう、おかげさまで』と胸を張って言えるように頑張っています」。やわらかな雰囲気でこう話す彼女の眼は、まっすぐに前だけを見ていた。
仕事楽しみ、子育てと両立
彼女が、美容の世界に入ったのは、高校卒業したての18歳の時だった。とは言え、最初から美容師を目指していたわけではない。
「もともとは看護師になりたくて、そのつもりで高校の進路希望表にもしっかりと看護師って書いていました。でも、ある日、父が急に、美容師もいいんじゃないか?って言いだしたんです」
突然の勧めに驚きながらも、親の顔を立てようと、第2希望として学校に提出した。これが思いもよらぬ結果を招くこととなる。
「看護師より先に、京都にある大手の美容会社から説明会に来ないかっていう話が来たんですね。で、話だけでも聞いてみようと思って」
物は試しのはずだった嘉手納さん。ところが、そこで人生が大きく変わる。
「採用人数は3人ということだったんですが、説明会に参加したのは、私を含めて5人でした。すると、担当者の方が、『3人の採用ということは、2人不採用となってしまう。そうなった場合、せっかくの夢を私たちがつぶしてしまうかもしれない。もし、あなたたちが本気でこの世界に入りたいと思っているなら、全員、採用したいんです』とおっしゃって。この言葉が、すごく心に響いたんですね。今でもその場面を思い出すことがありますよ」
担当者の真摯な姿勢に打たれ美容師の世界へと飛び込むことを決意。親元を離れ、京都での厳しい修行生活に身を置くこと7年。晴れて1人前となった彼女は、故郷・沖縄で美容師としてスタートする。だが、徐々にこのままではいけないと考えだしたと言う。
「帰郷して6年ほど働いていたんですけど、だんだん今のままでいいのか? 甘えてしまっているのではって思うようになったんです」
『もっと学びたい』その思いを胸に再び故郷を離れ、東京へと向かった嘉手納さん。いくつもの講習会に出席し、新たな技術も身に着け、メークアップやブライダル、着付けコンサルタントの資格を習得するなど自分を磨きぬき、10年前に現在の「ブランシェ」に再就職、店長として一切を取り仕切る忙しい毎日を送る中、第一子となる圭冶君を授かった。
「妊娠が分かった時は本当にうれしかったですね。子育てに専念しようとも思ったんですけど、だんだん迷いが出てきました。本当に悩みぬいて…、でもやっぱりこの仕事が好きだったし、夫のサポートもあって復帰しました」
当初は、子どもを思い、後ろ髪を引かれるような心境だったという嘉手納さん。だが、ここでもある出会いが彼女を前へと向かわせる。
「スタッフ募集の面接に、こられた方がいたんです。彼女は子育ての真っ最中だったんですけど、偶然、うちの店の前を通った時、大きいお腹で働いている私を見たそうなんです。『その姿を見て勇気が湧いて、自分も復帰を決意したんです』って言われて。その時に、少しでも私の姿が活力になったのかと思ったら、ほかのスタッフたちにも、目標や家庭の状況はそれぞれ違うけれど、この仕事が好きでさえあれば、楽しみながら両立して行けるんだという姿を見せてあげたいって考えるようになったんです」
その後、第2子の史士君も出産。再び、力強く歩みだした。
「美容師になったこと、夫や子どもたちと出会えたこと、今まで、いろいろな出会いがあって、壁にもぶち当たって。でも、そのたびに前進する勇気やきっかけをくれたのは、先生方や、同僚、お客様といった縁があって出会った方々でした。それに対する感謝の気持ちも、仕事が無ければ持てなかったんじゃないかと思うんです」
子どもたちにも、出会いに、そして人と人との『つながり』に感謝して欲しいと話す嘉手納さん。最後に、将来の夢は? と尋ねてみると。
「夫の夢、子どもたちの夢を、家族みんなで協力して、一つずつ叶えていきたいですね」そう、笑顔で答えてくれた。
佐野真慈/写真・佐野真慈
美容師の命とも言える嘉手納さんの『手』。彼女の仕事への情熱がよく表れている。「荒れてしまっているから」と話すのを無理にお願いして撮らせてもらった。