「表紙」2013年03月14日[No.1458]号
誰でも外の世界へ
車体が大きく、車いすも搭乗できる福祉車両に「介護タクシー」の文字。予約した客に負担がないよう車を寄せ、スロープでそっと室内から連れ出して乗降式のスロープで車内へ。沖縄市の平安名亜由美さん(39)は、兄の病をきっかけに保育士から転身し、第二種運転免許とヘルパー2級の資格を取得してケアドライバーとなった。「お年寄りも障がいがある方も、その家族もお連れする大事な役目。何より自身が楽しんでいます」と周りを明るくする笑顔で語る。
家族の絆、地域へも
2つ違いの兄と年子の妹と、仲良し3きょうだいとして育った亜由美さん。特に兄・竜大さん(41)とは、共通の趣味のボウリングを通して一緒に過ごす時間も多かった。
岐阜県の短大卒業後、保育士として認可外保育園に勤めていた30歳の時、ボウリング仲間との間に長女・亜弥音さん(9つ)を授かり結婚。建設業の父・宜志一政さん(67)と軍雇用員の母・シゲ子さん (67)、独身の竜大さん、東京で暮らす妹の小百合(38)さんも、孫・姪の誕生を喜び、結婚を祝福した。
穏やかな時間が流れていると、家族の誰もが思っていた。竜大さんが脳幹出血で突然意識を失う、その瞬間までは。「パニックでした。朝普通に会話していたのに。本当にショックでした」。緊急入院・緊急手術。家族には状況を受け入れられない。「一時は医者から『覚悟してください』と。でも絶対そんなことはない。たっちゃんは元気になるって家族みんな祈ってました」。
幸い状態は安定。兄の自宅介護のため購入した介護福祉車両を、効率的に利用できないかと考えた一政さんは介護タクシーの免許を取得して転職。そのころ、次女・亜香理さん(7つ)にも恵まれていた亜由美さんは、仕事と家庭の両立に悩んでいた。
「保育士はどうしても子どもたちの行事と仕事が重なってしまう。夫とも少しずつ距離ができて頼れませんでした。それに、体の大きな兄の介護をする両親を見て、私も実家と近い方がいいと」
仕事の安定しない夫と離婚を前提に娘2人と共に実家へ。ケアドライバーへ転職するため二種運転免許とヘルパー2級の資格を3カ月で取得した。「お客さまを乗せるための運転って難しいんです。特に、お年寄りや障がいのある方を乗せるためには細やかな気配りが必要」。道路の凹凸、カーブ、速度。「マンホールのふたも要注意。私たちにとっては大したことないと感じる多少の揺れや弾みも、お客さまにはきついんです」
日々さまざまな客と出会う中で気付いたことがある。「危険がない、痛みがないことは大前提。加えて、お客さまと丁寧に会話をして要望を確認するようにしています」。例えば大型スーパーへの付き添い。車からの乗り降りには介助が必要でも、一人で買い物を楽しみたい人もいれば、生理用品や成人用おむつを買うから店内へも付き添ってほしいという要望など、同じ客でも日々変わる。
「印象に残っているのは、私より10歳年下の女の子。行き先はファストフード店やアクセサリーなどのショップです。彼女は電動車いすで移動も自立してたんですけど、『お姉さんとおしゃべりしたい、お姉さんと買い物したい』って」。県内ではまだ数名しかいない女性ケアドライバーの必要性を痛感しているという。「お付き合いが長くなってくると、お客さまから将来への不安など悩みを聞くこともあります。でも、『医者に良いことは言われなくても、家族はお互いに希望を持ちましょうね』って言います。兄がいなかったら出てこない言葉だったかもしれません」
ケアドライバーとして2年経ち、昨年離婚。亜由美さんは新たな目標に取り組んでいる。「介護タクシーで観光のお手伝いができないかと月に一度勉強会に参加しています。階段とスロープの位置、トイレの数と場所、食事ができるかなど、お客さまをお連れする前に把握しておくと安心ですから」
兄の周りで家族がスクラムを組み、その経験を生かして客に家族として寄り添う亜由美さん。「外の世界が閉ざされていないってとても大事。そのお手伝いができることが幸せです」。笑顔で話す亜由美さんの周りには、優しさの輪がどんどん広がっている。
島 知子/写真・島袋常貴
へんな・あゆみ 1973年、沖縄市生まれ。
県立嘉手納高校卒業後、3年間岐阜聖徳女子短大で学びながら紡績工場で働く就職進学をした。帰沖し、保育士として認可外保育園に勤務。30歳で長女・亜弥音さんを授かり結婚。同時期に兄・竜大さんが突然倒れ寝たきりとなり、建設業からケアドライバーへ転身した父・一政さんの勧めで現職。昨年離婚し、娘2人との3人家族。「お母さんはたまに怒るけど優しい」と亜弥音さん。
ケアドライバーは介護タクシーを運転するため通常のタクシーと同様二種運転免許が必要。ヘルパーや介護福祉士などの資格は義務ではないが、取得すると、より安全で利用者に寄り添った対応ができる。定期健診のための通院や日常の買い物など、ニーズはさまざまだ。