「表紙」2013年05月30日[No.1469]号
シュート放ち気分爽快
「何歳になってもサッカーを楽しみたい」。そう思う女性たちでつくるサッカークラブがある。県サッカー協会所属の「琉邦クラブ」だ。中学生から40代までの女性約20人が参加、多くが社会人という県内では珍しいクラブ。30歳以上を対象とした九州レディースサッカー大会に出場する県選抜チームのほとんどが同クラブの選手。同大会で2年連続九州ナンバー1に輝く実力を持つ。仕事や家事などと両立しながらの練習。「サッカーすることでリフレッシュできる」と瞳を輝かせる。
仕事、家庭、そしてサッカー
女子サッカー「琉邦クラブ」は19日、梅雨空の下、県立浦添高校で同校女子サッカー部との練習試合を行った。半分以上が30代という同クラブにとって、年の離れた対戦相手。しかも県高校総体を前に高校生は力の入れ具合が違う。メンバーは「けがをしないように」と、口をそろえた。
しかし、いざ試合が始まると目つきが変わった。雨でぬかるむグラウンドを、水しぶきをあげて走り回る。相手選手やゴールキーパーに体当たりする激しいプレーもしばしば。全身泥まみれになり、時折激しく降る雨も気にせず、高校生と互角に戦い抜いた。
高齢者のリハビリ指導員で、同クラブキャプテンでもある宜志富千夏さん(27)は「試合中、ずっと走るというわけではない。走ってくる相手に走って戦うのではなく、経験からくる知識を生かし、しっかりつないで点を取る」と同クラブの戦術を話す。その言葉の通り、練習試合では、広がってパスでつなぎ、相手の隙をついて先制ゴールを決めた。
女子のパイオニア
琉邦クラブは1991年、県内で最初の女子社会人クラブとして結成された。那覇西高校卒業生の呼び掛けがきっかけだった。その一人、波照間美香さん(41)は高校在学中ソフトボール部。2年生の時、県サッカー祭りに出場するために、有志でサッカーチームをつくった。そして優勝、翌年も連覇した。「当時は学校に女子サッカー部がなかったけど、この優勝経験が思い出になった。卒業後の20歳の時、またやろうと声を掛け合った」と振り返る。
その時に監督を引き受けたのが、今も監督を務める倉原英弘さん (62)だ。女子サッカーの認知度が低かったころ。「ここ10年くらいで女子チームが増えてきたが、当時は出場チームがなくて試合ができないこともあった」と倉原さんは振り返る。
女子チームは結成後、人数が減り維持できなくなることがある。琉邦クラブでは試合に出ることを目指した。倉原さんは「11人でも試合に出した。途中でけがをして、10人になることもあった」と笑う。「しかし試合に出れば勝ちたいと思う。そうすれば練習もする」。それが20年以上続く理由の一つだ。
日常でも練習
メンバーの多くが、仕事や家庭で忙しい年代。週2回夜の練習も全員そろわないことが多い。仕事や家庭の事情でクラブを離れる人もいる。波照間さんも仕事が忙しくなり7年ほど離れていた。クラブに戻ってきたのは2年ほど前。「30歳以上の大会に出ようと声を掛けられて戻った。久しぶりにやると楽しかった」と話す。
中学生の子を持つ眞鶴春香さん(33)も出産などで一時中断した。今も不動産会社での仕事や家事をこなしながらの練習。「仕事で階段を上り下りするのを練習だと思ってやっている。家庭、仕事があって、その上でここでサッカーをするのが楽しい。きついときもあるけど、体が動くかぎり続けたい」と話す。キャプテン・宜志富さんは「サッカーは一人ではできない。みんなが協力してプレーする。それに支えてくれる人たち、ほかのチームとの交流も楽しい」とサッカーの魅力を話す。
ことしの同クラブの目標は(1)けがをしない(2)7月の九州女子サッカー選手権県予選で優勝する(3)九州レディース大会で3連覇する—の3つだ。そして、それ以上の目標がある。「これからもサッカーを楽しみ、にぎやかにやっていきたい」。メンバーの明るい声が響く。
岩崎みどり/撮影・呉屋慎吾
学校に女子サッカー部のない中学生、高校生から社会人までが参加。メンバー約20人うち、12人が30代以上。毎週水、土曜日20時〜22時、糸満市の西崎小学校で練習。メンバー募集中。初心者でも大歓迎。連絡はメールで
sento8n@yahoo.co.jp (仲程七絵さん)