「表紙」2013年11月14日[No.1493]号
海渡るチョウを追う
ふわり、ふわりと優雅に飛ぶアサギマダラ。県内では10月ごろから現れるこのチョウが、海を渡り2千kmも旅すると知ったら驚くだろう。沖縄昆虫同好会の長嶺邦雄さん(72)は「アサギマダラは海を越えて移動しているのでは」と最初に声を上げた人物。今では全国各地にこのチョウを追う人々がいる。アサギマダラをはじめ、さまざまなチョウの不思議を追究する長嶺さんは「沖縄のチョウでも分かっていないことが多い。それを少しずつ解明していきたい」と情熱を燃やす。
生態の謎、明かしたい
長嶺邦雄さんが調査するアサギマダラは、県内では10月ごろから翌年5月月ごろまで見られる。秋に本州から沖縄に南下。一部は沖縄に残るが、さらに南へ向かうチョウもいる。そして、初夏に再び北上する。
「最近では、台湾や香港近くの大陸でも見つかっているんです。上空の早い風に乗って一気に移動するようで、不思議なチョウですね」と長嶺さんは話す。
大空を飛び回るチョウを、どのように追跡するのか?
実は羽に直接マークを書いているのだ。アサギマダラは他のチョウと違い、羽に麟粉(りんぷん)がなく、マークを付けても飛ぶ力への影響が少ないそうだ。
3千匹にマーク
「アサギマダラは海を渡るのでは」と長嶺さんが考えたのは、大学生のころ。当時から、季節によってアサギマダラの数が変わることは分かっていたが、本土では低地から高地へ移動していると考えられていた。しかし「高い山がない沖縄では、それだけでは説明できない」と考え、全国に調査協力を呼び掛けた。ただ海を渡る移動を証明するのは至難の業だった。
本格的に調査が始まったのは、1980年代に入ってから。長嶺さんの考えに賛同した愛好家が羽にマークを付ける活動を鹿児島で始めたのだ。
インターネットもない当時、活動の成果はすぐには現れなかった。その中でも本州でマークしたチョウが少しずつ沖縄で見つかるように。長嶺さんも2002年、南大東島でマークの付いたチョウを発見。大東諸島での初めての確認で、注目を集めた。
昨年秋からことし初夏に掛けて、長嶺さんがマークしたチョウは約3千匹。そのうち3匹が群馬県、滋賀県、淡路島で見つかった。「マークしたものが見つかるのは、すごくうれしいです」と長嶺さん。北向きの移動は確認される例が少なく、貴重な発見になっている。
手探りで調査
幼少期から昆虫が大好きだった。しかし復帰前には、日本の図鑑にも沖縄の昆虫は載っていなかった。そこで手探りで調べるようになった。高校生になるとチョウに関心が向くようになった。
大学卒業後は中学校理科の教員として、各地の教壇に立った。最初はチョウのことを教えなかったが、「自然の貴重さを伝えたい」とチョウを題材に挙げるようになった。教え子からは、沖縄昆虫同好会の比嘉正一会長らチョウ研究家が育っている。
退職した今、毎日のようにチョウを調べに出る。家でも食草を栽培し、さまざまな幼虫を飼っている。標本箱は400〜500個ほど。調査でマレーシア、タイ、ラオスなどに行ったこともある。
関心はアサギマダラだけではない。例えば沖縄固有のリュウキュウウラナミジャノメ。沖縄本島と慶良間列島に生息するが、慶良間の個体は小さい。幼虫から同じ餌を食べさせていても、やはり小さい成虫になる。なぜだろう? 現在、DNAの違いを調べてもらっており、その結果を楽しみにしている。
「好きなのに理由なんてないよ。ただ解明したい謎があるんです」と笑う長嶺さん。どちらかというと慎重に言葉を選んで話すタイプ。しかし、チョウのことになると、熱っぽく語る。半世紀以上も追い求めてきたチョウの謎。その探求心が尽きることはない。
岩崎みどり/写真・呉屋慎吾
琉球大学文理学部を卒業後、中学校の理科教諭になり、西表島、南大東島などに赴任。現在は沖縄昆虫同好会の事務局長を務める。同会は毎月第3水曜日、琉球大学農学部「風樹館」で定例会を開いている。
http://okikon.higait.net/