「表紙」2014年07月17日[No.1527]号
一見、何の変哲もない宜野湾市内のマンションのある一室。しかし、扉を開けると、そこは2台の立派な顕微鏡や生物学の資料が並ぶちょっとした研究室になっている。部屋の主は、沖縄の青い海や島に住む生き物を研究し、環境保全や教育の活動にも精力的に取り組む藤田喜久さん(41)。産卵の様子を観察するため特別な許可を得て飼育するヤシガニを手に、「個体にもよりますが、ヤシガニの腹側は青いんですよ」と説明する。
未知の生物に光あてたい
藤田さんが手に持つヤシガニは、宮古島での調査で採取したもの。「この大きさになるには15年くらいかかっているはずですよ」と話す。
沖縄の海や島に住む生き物なら何でも調べるという藤田さんだが、ヤシガニとの関わりは深い。2007年に宮古島で湧き水の調査をしていた際、偶然、貝殻を背負った状態のヤシガニを発見。それまで、小さいヤシガニが貝殻を背負うこともある事実は分かっていたが、国内での発見例はなかった。以来、ヤシガニとの縁が続いている。
次々と新種を発見
兵庫で生まれ、 岡山で育った藤田さんが沖縄の海を研究しようと思ったのは、小学生の時。家の近くには瀬戸内の海があり、しょっちゅう足を運んでいた。「海の生き物に興味があるから、図鑑を見ますよね。すると、きれいな魚の生息地はたいてい『沖縄』と書いてあるんです。それで、将来、沖縄に行こうと思いました」と振り返る。
決意の通り、琉球大学の海洋学科に進学。それからの人生は、海と島ひとすじ。大学ではダイビング部で潜水技術を習得し、海に潜って調査を重ねた。大学院の修士課程の頃には、1年に600本近い空気タンクが空になるほど潜水を繰り返したと胸を張る。藤田さんが潜って調べた10〜30㍍の深さの海は、浅瀬や深海に比べ研究が進んでおらず、面白いように新種が見つかったという。
大学院での研究テーマは、ヒトデの仲間でエビと共生するウミシダに絞ったが、他の生き物にも興味があった。02年に博士号を取得してからは、調査の対象を陸地にまで広げ、離島の川や地下水に住むエビやカニなどの生き物を記録する活動を開始。ここでも多くの新種を発見した。貝殻を背負ったヤシガニを国内で初めて見つけたのもこの時だ。
成果は社会に還元
大学院を終えてから、藤田さんの活動は、大きく広がる。大学の講師を務めるかたわら、05年にNPO法人「海の自然史研究所」を設立。研究の成果を社会や地域に伝え、環境保全を促す活動を開始した。
環境保全を訴えるにしても、ただ難しい話をしているだけでは、誰も耳を傾けてくれない。「分かりやすく説明ができるようにならなければ」と思ったのが動機だ。
専門的な研究の中身を分かりやすく一般に伝えるには、時間も手間もかかる。しかし、「その見返りは大きい」と藤田さんは力説する。地元の漁師など、いろいろな人とつながりを持てば、より効率的に調査ができるようになり、また普通に研究するだけでは育たない視座も得られるという。
調査の成果は、講演などを開き地域の人々に還元する。ヤシガニの場合には、講演で乱獲による数の減少を訴え、多良間村や宮古島市での保護条例の制定を促した。ヤシガニには食用としての価値があるだけでなく、エコツアーやグッズ制作などを通して地域資源にもなる、との提案も行っている。
最近は、各地の環境保全に関する委員を務める機会も多い。「社会の中で判断の場に立たされた時に、しっかり自分の目で見て判断したい」との思いから、現地に足を運んでの調査にも力を注ぐ。その生活は多忙を極め、隙間の時間を活用するために、自宅マンションで研究できる環境を整えた。
「人が今まで関心を持っていなかった環境や生き物に光をあてられればー」。その思いを胸に、藤田さんは、今日も沖縄の島々をめぐっている。
日平勝也/写真・喜瀬守昭(サザンウェイブ)
藤田喜久さんのブログ「沖縄カニあるき」はhttp://blog.canpan.info/kani/