「表紙」2014年09月25日[No.1537]号
那覇市・首里儀保に立つ金属工芸の工房「ci.cafu(チ・カフー)」。扉を開けると、銀や真鍮(しんちゅう)のアクセサリーが所狭しと並ぶ。円や渦巻きをモチーフにした作品が多く、一見、軽くモダンな作風だが、世界各地に古くから伝わる装身具に想を得ることも多いという。制作者の喜舎場智子さん(40)は「輪っかは子宮、渦巻きは永遠。古代のアクセサリーには、共通する形と意味合いがあります」と話す。伝統と独創が隣り合わせにある作品世界の魅力に迫った。
装身具の意味に向き合う
琉球王国をはじめ、世界各地の伝統的なモチーフを取り入れたアクセサリーを制作する喜舎場智子さん。首里で生まれ育ったが、昔は「伝統的なもの」が苦手で、20代の頃はオリジナリティーを求め模索の日々だったという。
子どもの頃からものづくりが好きだった喜舎場さんは、浦添工業高校のデザイン科に進学し、陶芸を学ぶ。卒業後、陶芸工房に入ったが、1年しか続かなかった。
次に革細工やインディアン・ジュエリーに興味を持ち、東京で2年間ジュエリーメーキングを学ぶ。27歳の時には琉球金細工で有名な又吉健次郎さんの工房を手伝う機会に恵まれたが、やはり1年で離れてしまった。「自分なりのアクセサリーを作りたいという思いが強く、昔のものと同じものを作り続けるのに抵抗があったんです」と振り返る。
「房指輪」が転機に
転機が訪れたのは、思い切ってイタリアの古都・フィレンツェに留学した31歳の時。親友になったイタリア人から、沖縄のことをしょっちゅう尋ねられたが、何も答えられなかった。そこで初めて、沖縄の伝統文化を知ろうと思ったという。「それまでずっと、沖縄風のものが苦手だったんですが、沖縄のことを知らないのに嫌いになり、知ろうともしなかっただけ、と気づかされました」
金細工や焼き物、着物のモチーフには、どんな意味がこめられているのか—。吉祥文様が、幸運を祝うおめでたいものとして作られていたと知り、「自分でも納得がいき、この形をずっと残していきたいと思いました」とほほ笑む。
沖縄の伝統に向き合った喜舎場さんが取り組んだのは、かつて婚礼の席で琉球女性が身につけた「房(ふさ)指輪」の制作だった。「イタリア人の親友から『沖縄にジュエリーはないの?』と聞かれて、又吉さんの工房で触れた房指輪のことを思い出し、絵に描いて見せました。そうしたら、『なぜそれを作らないの?』と言われたんです」
房指輪には、チョウやモモ、扇など、「来世までも幸せでありますように」との願いをこめたチャーミングな7つの飾りがついている。喜舎場さんは、現存する数少ない戦前の房指輪の一つを参考にしながら、房指輪を現代的なアクセサリーとしてよみがえらせることに挑戦した。「古典の房指輪は、飾りが小さく、薄くて平ら。そのままでは肌を傷つけてしまう恐れがあるので、現代の加工技術を用いて丸みを帯びさせ、形もよりはっきりさせました」
喜舎場さんが新たな工夫をこめ作り出した房指輪は注目を集め、2007年に構えた自身の工房「ci.cafu(チ・カフー)」には、全国から多くの人が訪れるようになった。
世界の古典もヒント
房指輪の制作で新しい道を切り開いた喜舎場さん。そして今、その目は広く世界の伝統へと向けられている。例えば、「輪」をモチーフにした最近の作品では、ロシアの隣国・ラトビアに伝わる胸飾りの形を写した。この作品に限らず、喜舎場さんのアクセサリーには、丸い形をしたものが目立つ。
「装身具には世界に共通する形や意味があり、輪っかは子宮や母胎、渦巻きは永遠を表しているんです」。死の恐怖が身近にあった古代の人々は、生命力の象徴である「丸いもの」を身につけることで、安心感を得ていたのではないか、と実感をこめて語る。
ただし、全てを伝統に頼るのではなく、現代にふさわしい形にアレンジすることも恐れない。また、自らの感性を頼りにしたオリジナルの作品も制作するなど、制作の姿勢は柔軟だ。伝統と独創。喜舎場さんのアクセサリーには、その二つの息吹が、ともにこめられている。
日平勝也/写真・喜瀬守昭(サザンウェイブ)