「表紙」2014年11月06日[No.1543]号
122cmのボールを追え!
ドォーーン!
とっぷり日が暮れた那覇市・城東小学校の体育館に、大太鼓をたたいたような音が響く。宙を飛ぶ巨大なボールを、ピンクのゼッケンを着けた4人が一斉に追う。最初に追いついた1人が滑り込んで蹴り上げ、2人目はトスする形でつなぐ。キンボールスポーツは、4人1組の3チーム(ピンク、グレー、ブラック)がヒットとレシーブを競う、ネットのないバレーボールのような球技だ。
「じょうとうさ〜」は2005年、那覇市スポーツ推進委員が中心となって立ち上げたキンボールスポーツサークルだ。当時は小学生だったメンバーも、今や20歳前後。それぞれの仕事や学業に勤しみつつ、水曜の夜になると変わらぬ 笑顔を見せてここに集う。
すべての人が楽しめる
「オムニキン、グレー!」
ヒットチームがレシーブチームを指定する時の、印象的なコールには意味がある。オムニ(すべての)+キン(kinesthesis=運動感覚)、つまり「すべての人が楽しめる」を意味する造語だそうだ。
沖縄では2004年に県連が立ち上がり、普及が本格化。06年に兵庫県で開催された全国大会では早くも優勝を成し遂げる。じょうとうさ〜の代表を務める千葉滉介さん(20)は、当時小学6年生だった優勝メンバーだ。
「5年生の終わり頃、いつも遊んでいる友達がやっていたので始めたんです。『みんながやっていないスポーツ』ってところが魅力だった(笑)。全国大会で優勝した時はメッチャ嬉しかったですね」
ひときわ小柄な体で走り回る前里実央さん(20)も、真和志小6年生の時にキンボールスポーツを始めた一人だ。
「私は仲間意識が強いので、一人じゃ出来ない…というより『全員でしか出来ない』ところがキンボールスポーツの魅力です。体格差は感じますが、女子選手の方がフェイントの成功率が高いし、活躍の場面もちゃんとあります」
W杯審判がいた!
取材日にホイッスルを吹いていたのは、最高位「LEVEL3」の国際審判資格を持つ宇江城卓さん(33)。根っからの野球少年で、キンボールスポーツとは05年まで無縁の毎日だったという。
「勤務先の那覇市民体育館でキンボールの講習会を開いた時、人手不足だからと頼まれて顔を出したんですが、40〜60歳代の方にこてんぱんにやられまして(笑)」
ショックを受けた宇江城さんは、キンボールスポーツについて猛勉強。大勝や大敗を生まないルールの妙や「誰もが主役になれる」オムニキンの精神に魅せられ、自らも那覇市の松川小学校を拠点とする「松川キンボール同好会」のヘッドコーチを務めるなどすっかり〝その道の人〟に。07年にB級審判資格、昨年7月には最上級の国際審判資格「LEVEL3」を取得し、同11月にベルギーで開催されたワールドカップでは、6人しかいないレフリーの1人に選出された。これは日本人で3人目の快挙だった。
「ボールに近いところでジャッジすると、選手から信頼が得られる。ボールがどちらに飛ぶかを先読みし、常に全力でボールを追いかけるように心がけています」
7分間のピリオドを終え、「実はレフリーの運動量が一番多いんです」と汗だくで笑う宇江城さん。2分間のインターバルはたちまち過ぎ、再びコートへ走り去っていった。
石田奈月/写真・村山望
4人1組の3チーム(ピンク、グレー、ブラック)が、コート内でボールをヒット・レシーブして得点を競う。ヒットの瞬間はヒットチームの4人全員がボールに触れていなければならず、コールされたチームはボールが落ちる前にレシーブし、10秒以内にヒットしなければならない。ヒットやレシーブでミスがあった時、残りの2チームに得点が加えられる。
沖縄県キンボールスポーツ連盟
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