沖縄の日刊新聞「琉球新報」の副読紙「週刊レキオ」沖縄のローカル情報満載。



[No.1565]

  • (金)

<< 前の記事  次の記事 >>

「表紙」2015年4月16日[No.1565]号

母娘燦燦

母娘燦燦 — おやこ さんさん — 3

新城利枝子さん 又吉あかねさん

チャレンジ精神旺盛な2人

 昼間の栄町市場の活性化を目指し結成された「栄町市場おばぁラッパーズ」。 そのメンバーの1人、新城カメーとして知られる新城利枝子さん。実は、准看護師という別の顔を持つ。結婚して40年、1男1女の母でもある。娘の又吉あかねさん(37)は高校2年生の息子を育てる母親。現在、利枝子さんと同じ看護職の道を歩んでいる。1つ屋根の下に暮らす2人は、付かず離れず程よい距離を保ちながら、互いに助け合い、持ち前のチャレンジ精神でまい進している。明るくポジティブな2人がその行動力の根底にある思いを語ってくれた。。



遠回りも母と同じ道へ

 那覇市栄町市場。一歩足を踏み入れると昭和の時代にタイムスリップしたような時が流れる。精肉店や総菜店、飲食店など数々の店が軒を連ね、人々が路地をそぞろ歩く。市場の人気者、利枝子さんの元には取材中も道行く人たちが「カメーおばぁ」とやってくる。

 利枝子さんは旧・勝連町平敷屋生まれ。6歳から栄町市場の近くで育つ。家族に何かあったときに面倒を見たいという思いから看護師を目指し、愛知県の看護学校に進学。卒業後は祖母の介護のため帰沖し、地元にある田崎病院に就職した。「新城カメー」が生まれたのは、31歳のとき。患者たちに楽しんでもらおうと診療訪問先や病院内のイベントで踊り始めたのがきっかけだ。栄町市場のイベントにも出演するようになり、その後、「栄町市場おばぁラッパーズ」としても活動するようになった。



たどり着いた目標

 あかねさんは子どものころ、利枝子さんの勤務先の病院敷地内にある保育園に通っていた。もともと病院は身近な存在だった。母親の働く姿を間近で見てきたあかねさんだが、「昔は看護師になりたくはなかった。夜勤などで母が夜、家にいなかったり、ハードな様子を見てきたから」と振り返る。

 高校卒業後、結婚、出産を経験したあかねさん。息子が1歳の時、利枝子さんの知人に紹介されたのが介護施設の職だった。「母が仕事のときは、祖母が私の面倒を見てくれていたので、おばあちゃん子。お年寄りと接するのは好きだった」と言い、その祖母のみとりも経験している。そして、介護の仕事を続けて13年目に転機を迎える。余命を宣告された患者を担当した時だ。「つらそうにしているときも、身の回りのケアしかできない自分がもどかしかった」。そのとき36歳。看護の勉強をするなら今しかないと思いながらも、子どももいるため悩んでいたときに、「これまで何もしてあげられなかった。応援するから行っておいで」と母が背中を押してくれた。2年後、准看護師の資格を取得、現在は正看護師を目指し勉強中だ。

 「遠回りをしたけれど、母が年齢に関係なくいろいろなことにチャレンジしているのを見てきたので、抵抗はなかった」。チャレンジ精神が旺盛なのは母親譲りのようだ。



母は市場の人気者

 現在あかねさん親子と利枝子さん夫婦の3世代4人で暮らす。お互い仕事の時は家族の面倒を交代で見ているそうだ。

 家族は、「皆ポジティブ。お互い干渉せずやりたいことをやっている。いかに人を笑わせるかで競い合っている」とあかねさんは分析する。

 母が有名になっても「家でも何のイベントに出るとか話さないし、家族も特別なこととは思っていない。普段と『新城カメーの』違いはサングラスをかけているかいないかだけ。お客さんに楽しんでもらっているのを見て、すごいなとは思います」と客観的に見ている。後何年かしたら母親のようになるのでは、とよく言われるというあかねさんだが、「人前に出るのは苦手ではないけれど、母のようにはなれない」と笑う。

 看護師として同じ道を歩む2人。「技術だけでなく、心のケアも求められる仕事。人を楽しませる利枝子さんを尊敬している」というあかねさん。利枝子さんもまた、「自分ができなかったことをしているのはすごい」とお互いに敬意を払う。

 今後はやんばるで畑をしながら専業主婦になりたいという利枝子さんだが、当分は人々の喜ぶ顔を励みに、仕事やイベント活動を続けていきそうだ。

 「卒業して、早く親孝行をしたい」というあかねさん。「半分頼りにしている」と利枝子さんは笑顔で答えた。

 程よい距離を保ちながらも愛情と信頼感で結ばれた2人の笑顔は明るいエネルギーに満ちあふれていた。

坂本永通子 写真・喜瀬守昭(サザンウェイブ)



プロフィール

しんじょう・りえこ
 勝連町平敷屋(現うるま市)生まれ。6歳から那覇で過ごす。愛知県の看護学校に入学。卒業後、准看護師の資格を取得。祖母の介護をきっかけに、19歳で帰沖後、田崎病院に就職。現在は週2回程、デイサービスで勤務している。2006年に結成された栄町市場おばぁラッパーズをはじめ県内外で活躍。6月から10月までは栄町市場で月1回開催される「栄町市場屋台祭り」に、8月には国立劇場おきなわで公演予定の舞台「オムツ党走る!」に出演予定。

またよし・あかね
 1977年那覇生まれ。5歳から宜野湾市に在住。高校卒業後、結婚、出産を経て、介護施設に勤務。36歳で県内の看護学校入学。2年後に准看護師の資格を取得。現在は正看護師の資格取得を目指し勉強中。



このエントリーをはてなブックマークに追加



新城利枝子さん又吉あかねさん
おばぁラッパーズ」の曲を口ずさみながらポーズを決める、新城利枝子さん(右)と娘の又吉あかねさん(左)=那覇市安里の栄町市場商店街 

新城利枝子さん又吉あかねさん
栄町市場内の広場で談笑する利枝子さんとあかねさん
新城利枝子さん又吉あかねさん
週2回、デイサービスに勤務する。利用者にも大人気
新城利枝子さん又吉あかねさん
生後3カ月のあかねさんを抱く利枝子さん
新城利枝子さん又吉あかねさん
「おばぁラッパーズ」の新城カメーとして活躍する利枝子さん(中央)。結成10年目で持ち歌は2曲という
>> [No.1565]号インデックスページへ戻る

↑このページの先頭へ戻る

<< 前の記事  次の記事 >>