「表紙」2016年07月14日[No.1629]号
役者への挑戦を見守る
南城市玉城で20年以上続く老舗のタイ料理レストラン「シャム」。店主の井上康(やすし)さん(60)が、個性的な香り漂うスパイスの数々を巧みに操り、料理を仕上げる。タイ人シェフから直々に習得した本場の味を求め、親・子・孫の3代で通い詰めるファンもいるという。康さんはタイ出身のタノームワンさん(54)と結婚。その間に生まれた娘の井上あすかさん(21)は、160人の応募者の中から見事「琉神マブヤー5」のヒロイン役に選ばれた実績を持つ役者の卵だ。現在、名桜大学に通いながら、生涯役者として生きる覚悟を決め、挑戦を続けている。
娘のやりたい事 何でも応援
南城市玉城出身の康さんがタイ料理に出合ったのは32歳の時。当時、中華料理のコックとして約10年の経験を積んでいたが、タイ料理は全くの未経験。恩納村のサンマリーナホテルが新しく始めるタイ料理のシェフを募集しており、知人から声を掛けられて応募したという。
ホテルは2人のタイ人コックを招き、康さんをはじめとする日本人コックに見よう見まねでタイ料理を習得させた。
「最初は辛さにびっくりした。調味料も見たことがないものばかり。日本では『かくし味』というけど、タイ料理はいわば『かくさない味』。甘いものでも辛いものでも、香辛料でもハーブでも、同じ皿に何でも入れ込むんです」。タイ料理と出合った衝撃を康さんはこう振り返る。
出合いは料理だけではなかった。康さんは、コックと一緒に通訳として来沖し、同ホテルに勤務していたタノームワン(通称ノッコ)さんと交際を開始。ノッコさんは90年に一度タイに帰国するも、お互いのことが忘れられない2人は、1年後に国際結婚。94年8月には長女のあすかさんを授かり、その2カ月後に「シャム」をオープンした。
当時、沖縄にはタイ料理店はほとんどなかったが、独特のスパイシーな味わいに魅了されたお客さんが何度も足を運んでくれたこともあり、店は繁盛したという。
プロを目指す決意
現在、名桜大学の3年生であり、プロの役者を目指すあすかさん。「自分じゃない人になれる」のが演技の魅力と話すが、演技の難しさを痛感することも多いという。
演劇と出合ったのは中学3年生の時。友人が出演する舞台に招待され、「自分もやってみたい」と思ったのがきっかけだ。
南風原高校在学中は、中高生による現代版組踊「翔べ! 尚巴志」に出演。主役の尚巴志役を熱演した。「男役なので、男の子のグループに飛び込み、話し方や座り方などを研究しました」。役作りに励んだかいがあり、舞台は好評を得たという。
名桜大学に進学後の2015年、喜劇王・小那覇舞天の人生を描いたミュージカル「笑いは続くGO ON! GO ON!」に出演。沖縄で行われたオーディションに合格し、公演を主催した劇団わらび座の拠点・秋田県に赴き、1年間休学して全国30カ所の公演に付いて回った。
この時、演出家を務めた大関弘政さんの「今までの自分を覆されるような演出」に深い感銘を受け、「生涯役者として生きたい」と決意を固めた。今もかばんには台本を入れ、よく読み返しているという。
同年後半には、160人の応募者から「琉神マブヤー5」のヒロイン役に選ばれるなど、役者経験を重ねるあすかさん。次の舞台への出演も決まっており、友人らと結成した「TEAM JASPER+(チームジャスパープラス)」の公演も計画中だ。
広く温かな父の心
「娘の舞台を見ていると、いつもと違うという感じがする。生き生きしているね」と語る康さん。
「あすかは物おじしないところがいい。チャレンジャーだね」という父の言葉に、あすかさんは「でも本当は人見知りしているんだよ」と返す。2人のやりとりは終始なごやかで、普段の仲の良さが伝わってくる。
「父は、何でも自由にさせてくれる」と話すあすかさん。康さんは「あすかは母親に似て喜怒哀楽が激しい。だから母親とはぶつかるけど、僕は文句を言わないからね」と笑う。
「娘がやりたいと思う事なら、何でも応援する」。これから本格的に始まる娘の役者人生を、父は広く温かい心で見守る。
(日平勝也)
プロフィール
いのうえ・やすし1955年生まれ、南城市玉城出身。94年10月、タイ料理レストラン「シャム」をオープン。タイ出身のタノームワン(通称ノッコ)さんと結婚し、長女のあすかさんをはじめ1男2女に恵まれる
いのうえ・あすか
1994年、タイ出身の母、タノームワンさんと康さんの長女として誕生。高校時代から演劇を始め、2015年に「琉神マブヤー5」のヒロイン役に抜てき。現在、名桜大学に通いながらプロの役者を目指す
タイ料理レストラン シャム
南城市玉城冨里136-1
☎098(948)2057
営業時間=11時半〜14時、17時〜22時
定休日=月曜日、第4日曜日
公演情報「海を越えた挑戦者たち」
7月30日(土)19時、31日(日)13時/18時、西原町町民交流センター「さわふじ未来ホール」にて。全席自由 2500円
問い合わせ ☎098(945)5036 (西原町教育委員会 生涯学習課)
写真・村山望