「表紙」2018年01月04日[No.1706]号
八重山古典民謡を愛して
今月、琉球新報社から新刊『八重山の芸能探訪』を出版する當山善堂さん(73)。八重山古典民謡保存会の師範で、八重山古典民謡研究の第一人者だ。妻の規子さん(73)は琉球箏曲興陽会・八重山古典民謡箏曲保存会の師範。夫妻で古典民謡に携わる。ともに豊かな文化の地、八重山の出身。復帰前の1971年に石垣で結婚しもうすぐ半世紀。二人は自宅で三線、箏を教えている。長い年月にはいろいろなことがあったが、いつも仲の良い夫婦。その秘訣(ひけつ)を聞いた。
三線、箏の音で人生ともに
八重山諸島黒島で生まれた善堂さんには、これまでにも八重山古典民謡についての著書が多数ある。新刊『八重山の芸能探訪』は、八重山古典民謡の工工四(くんくんしー)などの音楽的な事柄や、民謡の歌詞に出てくる役人が離島に期限付きで赴任したときに世話をする「賄い女(現地妻)」についての自身の考察など、歌にまつわるエピソートをまとめたものだ。
幼いころから、父・賢英さんがつまびく三線の音の中で生活していた。しかし、実際に、善堂さんが三線を手にしたのは、20代半ばから。当時、県職員だった善堂さんは、三線の琉球古典音楽野村流の大家で後に人間国宝になる島袋正雄さんが県職員に教えていたクラブに入り沖縄三線を学んでいた。あるとき、音の取り方や指の使い方が「沖縄と八重山のは根本的に違う」と気付いた。周囲の専門家らの助言もあり八重山三線に絞るようになった。
波風を乗り越えて
妻の規子さんは琉球箏曲やや八重山古典民謡箏曲の師範。二人は八重山高校の同級生だった。しかし、規子さんは、病気で休学したので、卒業年は異なる。交際、結婚のきっかけとなったのは「友人の結婚式です」と規子さんは振り返る。
共通の友人が県外の人と結婚することになった。しかし、その友人の親は大反対。それで、仲間たちでお祝いのパーティーを開こうと企画した。二人は当日、共同代表という形で新郎・新婦に付き添った。
パーティーの準備を一緒にするうちに、お互いに気になる存在になっていった。また、家が近いということもあり、急速に仲良くなっていき、友人たちが結婚したその年(1971年)のうちに、二人も一緒になった。
二人の生活は石垣からスタートし、やがて本島に移住。善堂さんは県職員、規子さんは中学教諭と忙しい日々を送った。その後、規子さんは教諭をやめて、学童保育の設立にかかわった。
もうすぐ金婚式を迎えるが、「波風はなかったか?」との問いに、善堂さんが規子さんを見ながら「この人、家出したことがあるんです」と言う。
結婚当初、善堂さん夫婦は善堂さんの父、めいと一緒に暮らしていた。若かった規子さんは新しい家族との生活に疲れたのか、家を出たという。規子さんが不在の期間に、父の賢英さんが倒れた。善堂さんが急いで病院に行くと、家を出ていたはずの規子さんが付き添っていたという。「それで、研修(家出)に出ていたけど、帰ってきたんですよ」と善堂さんは笑いながら話す。
著書も〝共著〟
現在、首里汀良町の自宅でそれぞれ三線、箏の研究所を開いている。その研究所の演奏会を合同にやるが、歌の練習のとき、規子さんが善堂さんに「この音はもっと上げるんじゃない?」と注意することもあるという。善堂さんが自分でも気になっていたところを指摘するので、少し面白くないところもある。しかし、少女のころピアノを習っていたという規子さんの音感は確かなもので「指摘されると、さすが、と思います。妻の方が音の取り方は一枚上手」と認める。
善堂さんには、八重山地元紙に2007年から10年まで連載していたのをまとめた『精選八重山古典民謡集(CD付)1〜4巻』という著書がある。そのときに規子さんに文を見てもらった。「妻は国語の先生だったので、文章を添削してくれた。ほんとは彼女との共著かな」と手伝ってくれた規子さんをたたえる。規子さんも、「夫はものすごい数の歌を知っているので勉強になりました」と応える。互いを信頼し合う素敵な夫婦だ。ことしも息ぴったりに三線、箏の音を奏でていくことだろう。
(又吉喜美枝)
円満の秘訣は?
善堂さん、規子さん: ひたすら譲ること、相手をたてること。プロフィール
とうやま・ぜんどう: 1944年八重山諸島黒島生まれ。八重山高卒、法政大卒。沖縄県知事公室秘書課長、八重山支庁長、沖縄県公文書館館長など歴任。八重山古典民謡保存会師範、琉球新報社八重山古典芸能コンクール審査員、八重山毎日新聞社八重山古典民謡コンクール審査員、学校法人南星学園理事、竹富町町史編集委員、八重山古典民謡に関する著書多数とうやま・のりこ: 1944年生まれ、石垣出身。鶴見女子大卒、首里中など中学の教諭を務めたあと、学童保育設立に携わる。琉球箏曲興陽会師範・八重山古典民謡箏曲保存会師範。那覇市首里汀良町の自宅で夫とともに三線、箏の研究所を開く
写真・村山 望
『八重山の芸能探訪』(琉球新報社)