「表紙」2020年07月30日[No.1838]号
生態系を忠実に再現
直径2.6〜3センチほどの小さなガラス玉をのぞけば、沖縄の生き物たちや自然風景が広がっている―。自らを「生物系ガラス作家」と呼ぶ増永元(ますなが・げん)さんは、沖縄を拠点にそんな不思議な作品を制作し続けている。ガラス作家になる前はウミヘビの生態研究者だったという増永さんの作品は、実際の生物を細部にいたるまで忠実に再現しているのが特徴だ。
小さなガラス玉の中に広がるのは、動植物が織りなす豊かで色鮮やかな世界。ガラス玉を回転させると、光がゆらめき、沖縄のサンゴ礁や雨上がりのヤンバルの森の風景を鮮やかに照らし出す―。
増永さんが生み出すガラス作品のテーマは「硝子(ガラス)の生物圏」。作品にはいくつかのシリーズがあり、中には架空の生き物や化石を題材にした作品もあるが、多くの場合、今この時代、とりわけ沖縄に生息している生き物や自然環境をモチーフにしている。
ガラス玉で生物を記録
増永さんは北海道出身。子どもの頃から生き物が大好きで、高校卒業後、ヘビの研究をしようと琉球大学理学部に進学。ウミヘビの研究で理学博士号を取得した。
大学時代、父親から譲り受けたカメラで沖縄の生き物や自然風景の写真を撮り始めた。その時、大学の先輩から「生き物たちがいなくなるまえに記録しておけ」と言われたことがずっと心に残っている、と増永さんは振り返る。その後、絵画や陶芸、ガラス工芸にも取り組むようになったが、生き物たちの世界をテーマにし、その魅力を世の中に伝えたいという制作動機は一貫している。
2007年に研究者からガラス作家への転身を決意した時、増永さんが目指したのは「この時代の生き物や自然環境を、可能な限り忠実にガラス玉で記録する」ことだった。
「絵画や写真は時間がたてば劣化してしまう。デジタルデータも、再生できる機材がなくなったら終わり。でも保存性が高いガラスは、千年後でも同じ色や形のまま残るんです」
実物に近いリアルな生き物の姿を直径3㌢ほどのガラス玉の中に生み出すには、既存の技を超えた技法が必要だった。「習おうにもその技術自体がないので、独学しかなかった。でもそこが面白かった」。増永さんは自力で工夫を重ね、独自の技法を確立していった。
独自の技法を駆使
増永さんのガラス作品で驚かされるのは、その徹底した精密さだ。
例えば、クラゲをモチーフとしたシリーズでは、日本の海域に生息するクラゲ類の姿を、細部の構造まで忠実に再現している。あまりの精度に標本を閉じ込めているのではと錯覚するほどだが、半透明の体、触手の一本一本すべては、ガラスによって作り出されたものだ。天才的な超絶技巧に思えるが、増永さん本人は「無理せず作れる方法を必死に考えてなんとか形にしています」と笑う。
エアバーナーでガラスを溶かし、芯棒に巻きつけ模様を生み出していくトンボ玉の技法をベースにしているが、作品ごとに作り方が異なる。表面張力や流動などを計算しながら、パズルのように素材を組み合わせていくというが、詳しい技法は非公開としておりメモなども残していない。「作り方が分からないもののほうが作品として面白い」という考えからだ。
作品は宜野湾市内の自宅一室で制作。「図鑑ではなく、実際に自分の目で見て作りたい」との思いから、野外での自然観察にもよく出掛けているそうだ。
これまで増永さんの作品はどちらかといえば県外でよく知られていたが、今年SNSを開始したことから、県内での知名度も徐々に高まっており、今後は県内でも個展を開催していきたいと話す。
販売はネットオークションと抽選のみに限っているが、ガラス玉のほか、絵画や写真など多くの作品を自身の公式ウェブサイト「彩元堂」で公開しているので、レキオ読者にぜひ見てほしい。
(日平勝也)
https://masunagagen.work/