「島ネタCHOSA班」2013年09月19日[No.1485]号
沖縄には、布袋(ほてい)様のようなお面をかぶった「ミルク神」という神様がいますよね。ミルク神は「ミロク」、すなわち「弥勒菩薩」を指すそうですが、どうしてもイメージが結びつきません。また、お釈迦(しゃか)様とライバル関係にあるという話も聞きましたが、本当でしょうか!?
(那覇市 Mさん)
ミルク神の正体は!?
質問にあるように、福の神を思わせる印象的な姿で知られるミルク神。
でも、ミルク神が弥勒菩薩というのは確かに意外!
歴史の教科書でおなじみの、ほっそりと女性的で、優雅な微笑をたたえた弥勒菩薩の仏像とは、だいぶイメージが違います。一体どういうことなのでしょうか?
「ミルク」は「ミロク」?
この謎を解き明かすため、沖縄各地の仮面芸能に詳しい沖縄大学准教授の須藤義人さんを訪ねました。
須藤さん、ミルク神が弥勒菩薩というのは本当ですか!?
「はい、その通りです。ミルクというのは、弥勒菩薩の沖縄での呼び名です。
弥勒菩薩は、お釈迦様の滅後56億7千万年後に出現し人々を救済する未来仏ですが、沖縄では、弥勒菩薩がニライカナイと呼ばれる海の向こうの理想郷からやってきて、五穀豊穣(ほうじょう)や子孫繁栄をもたらしてくれるという信仰が広くみられます」
でも、ミルク神は布袋様のようにしか見えないのですが…?
「そうですね。八重山や本島南部を中心とする各地には、ミルク神が子どもなどの行列を従えて練り歩く行事が伝えられていますが、この時、ミルク神の扮装(ふんそう)に使われる白く大きな仮面は、確かに布袋様のような顔をしています。
これは、布袋様を弥勒菩薩の化身とする中国大陸南部やインドシナ半島の弥勒信仰の影響であると考えられています」
言われてみれば、ミルク神の面にはどこかエキゾチックな雰囲気がありますね。
「ミルク神は、朝鮮半島から日本を経由して南下してきた弥勒信仰の考え方を受け継ぐ一方、造形的には中国南部やベトナムの影響が見られます。北と南、それぞれから伝わった弥勒信仰が融合し、独自の形をとったのが沖縄のミルク神なんです」
ライバルはお釈迦様!?
ところで、ミルク神のライバルがお釈迦様という話も本当なのでしょうか?
「これも本当です。宮古や石垣、首里をはじめとする16村落に、サーカと呼ばれる神とミルク神が競争するという説話が見られますが、ここでいうサーカ神は、仏教のお釈迦様を指しています」
弥勒菩薩もお釈迦様も、同じ仏様なのに、争っているんですか!?
「もちろん仏教では、釈迦と弥勒は対立する関係にありません。しかし、沖縄の説話では、ミルク神は清らかな心の善神、サーカ神はズル賢い悪神として語られています。
説話の内容は、ミルク神とサーカ神が、土地をめぐって争うという筋立てなのですが…」
もちろん善玉のミルク神が最後には勝つんですよね?
「ところが、そうではないんです(笑)。例えば石垣の説話では、花を先に咲かせる勝負で、ミルク神はサーカ神のズルによって負けてしまう。でも、敗れたミルク神が立ち去る時に、よいものも全て一緒になくなってしまったんです。それで人々は、ミルク神がいた世の中のほうがよかった、と懐かしがる。
それゆえに、人々は祭りの時にミルク神を招き、その力を少しだけいただく。歌や踊り、豊富な食べ物でミルク神の治める理想的な世の中を演出し、再現しようという訳です」
ミルク神への信仰には、よりよい世界を願う民衆の切実な思いがこめられているのですね。
「説話の背景には、民衆の権力者への抵抗もこめられていたのではないでしょうか。権力者は、サーカ神のようなズル賢い知恵を使って世を治めようとするけれど、民衆としてはミルク神のような包容力のある心で受け止めてもらえるほうがずっといい。そんなことも、この説話が流行した理由ではないかと思います」
ミルク神のユニークな姿の秘密を知ることができた今回の調査。一見、不思議に思えることにも、きちんと訳があると知り、感動と興奮を覚えました。これを機に、沖縄の神様や祭りについて、ますます知りたくなってしまった調査員でした!