「島ネタCHOSA班」2017年05月11日[No.1672]号
子どもが中城村安里の護佐丸歴史資料図書館を訪れ、「火矢」という武器の展示を見て感動して帰ってきました。昔の琉球にあった鉄砲のような武器だそうですが……。詳しく調べてもらえませんか?
(中城村 40代男性)
琉球に火縄銃以前の銃が!?
火矢? え、えーと、何と読むのでしょうか。最初からいきなりつまづいてしまった調査員。いったいどんな武器なのか想像もつきません。百聞は一見にしかず、まずは見に行ってみましょう!
見た目は槍のよう
というわけで、護佐丸歴史資料図書館を訪れた調査員。出迎えてくれたのは、中城村教育委員会生涯学習課の文化係長・渡久地真さん。
えーと、この火……なんとかというのはどこにあるんですか?
「火矢ですね。沖縄では、『ヒヤー』と呼ばれている火器です。県内には4つの火矢が現存しますが、当館では、そのうち最も実用性が高いと思われる県立博物館・美術館所蔵の火矢を複製して展示しています」
火矢の前に案内してもらった調査員が目にしたのは、予想に反して、槍(やり)のような形の武器。柄(え)の部分は木の棒で、その先端に3本の筒を束ねたような形の金属がついています。こ、これが火器なんですか?
「はい。スタッフに声をかけてもらえれば、実際に手に取って見ることもできますよ。持ってみますか?」
金属の部分は鉄製の銃身とのことで、持ってみると、意外に重たく、ずっしりした感触です。
「この筒の中に火薬を詰めて使っていたようですね。同時代のグスクから出土している銅球や石球を弾として使っていたのではないかと推測されています。敵が接近してきたら、棍棒としても使われていたとか……」
確かにこれで殴られると、ダメージが大きそうですね。
古い形を残す
火矢についてまだまだ知りたいことだらけの調査員。歴史研究家の上里隆史さんが詳しいとのことで、話をお聞きすることにしました。
「『李朝実録』という書物に、1450年の琉球で火器が使われていたと記録されています」と上里さん。
えっ!? 種子島への火縄銃伝来って確か1543年ですよね。それより約1世紀も前にですか?
「火器はもともと中国の発明品です。それがイスラム世界を経由して西洋に伝わり、独自の発展を遂げて逆輸入されたのが火縄銃です」
ということは、西洋に伝わる前の、古い形の中国の火器が伝わっていたのですか?
「その通りです。銃にもいろいろなタイプがあり、1300〜400年代の古い形式のものは『ハンドキャノン』と呼ばれますが、『李朝実録』に出る火筒は、ハンドキャノンと同形式の火器だったと考えられます」
なるほど〜。
「火矢は、この火筒をルーツとした火器だと思います。琉球で火器が普及した背景には、硫黄鳥島で火薬の原料となる硫黄が採れたことも関係しているのでしょう。ちなみに、当時の中国(明)は、火薬や火器の貿易を禁止していましたが、琉球は密貿易によって火器を入手していた可能性が高いですね」
いや〜、琉球もなかなかやりますね。
「ちなみに、火矢が実際にどのように使われていたか知るには、映画『もののけ姫』を見るといいですよ。作中に出てくる石火矢(いしびや)という火器は、ほとんど火矢そのまま。ひと目で分かりますよ」と上里さん。
火縄銃より100年も前に琉球に伝わっていたという火矢を通して、歴史がより身近に感じられた調査員でした。皆さんも、護佐丸歴史資料図書館で、ぜひ火矢を触ってみてください!