「表紙」2024年10月31日[No.2060]号
ウチナーグチで話すお笑いを
長い本土生活を終え、今春故郷・沖縄に戻ってきた川田広樹さん。インタビュー 中に学生時代を過ごした首里を訪ね「子どものころ金城町に住んでいたので、守礼 門近くのこの周辺はよく歩いていました」と懐かしそうに語った。川田さんに仕事やプ ライベートに関する近況、そして新たな思いを聞いてみた。
「沖縄最高!毎日楽しいです」と真っすぐな視線で語る川田さん。22歳のころ東京で芸人デビューを果たしたが、当時からいつか沖縄に帰ることは決めていたという。その思いは年を重ねる内に、強まったそうだ。
「ここ数年沖縄関連の仕事が増え、先輩たちの話を聞く機会もありいろいろ考えました。60歳を超えて帰るより、体力がある51歳の今がいい。80歳を迎えた1人暮らしの母親のそばにいたい気持ちもあり、タイミングが来たと自然に思えたんです。後悔はしたくないので、帰ろうと決めたんですよ」
今年はシーミーに旧盆、家の行事に参加できたことがうれしかったと喜ぶ。
「ウークイでウチカビを燃やしたのは、大人になって初めて。ご先祖さまは怒っていたでしょうし(笑)、これからは行事をしっかりやり親戚の集まりにも顔を出します」
釣りやバイクでのツーリングなど趣味も満喫中。プライベートタイムを楽しんでいる。運転中に車の窓から青い海が見えると、帰ってきたと実感することもあるそうだ。
来年はコンビ結成30周年
過去にドラマ『ちゅらさん』シリーズなど沖縄関連番組をはじめ、バラエティー『笑っていいとも!』やラジオ『オールナイトニッポン』他、数々の国民的番組に出演してきたガレッジセール。スタントマンばりの体当たりロケもたくさん経験した。
「ヘビにかまれろと言われたらかまれ、ワニの体を洗えと言われたら洗っていました。高さ25㍍の橋から飛び降りたこともありますし、スノーボードで雪山を飛んで記憶を失ったこともあります。ゴムパッチンで入院したこともあるな〜」など、命がけで取り組んでいたことが分かるエピソードが次々に飛び出す。
「若手芸人は無茶をして当たり前の時代で、相方のゴリと一緒にがむしゃらに突き進みました。恐怖心はあったはずですがそれ以上に、オファーをいただいたからには目立って有名になりたいという気持ちが強かったんでしょうね。でもやっていることがお笑いかどうかも、分かっていませんでしたよ」と川田さんは、良い思い出になっているとほほ笑んだ。
持ち前の運動神経の良さと沖縄の青年らしい純朴な一面で、過酷な時期を乗り越えた川田さんとゴリさん。コンビ結成30周年を迎える2025年は、祝福される一年になりそうだ。
コントもトークも沖縄らしく
沖縄を拠点にしつつ東京や大阪に定期的に出向く仕事のサイクルに変化はないという川田さんだが、沖縄芸人との交流を深めたいと意欲的だ。
「事務所も年齢も関係なく、ウチナーンチュがひとつになって沖縄の言葉で発信するコント番組をやりたいです。絶対に面白くなりますよ」と目を輝かす。
最近は1人で舞台に立ちトークする「スタンダップコメディー」ショーにも出演。
「くだらない話をしていますが(笑)、心の底から笑って楽しめる時間です。ぜひ見に来てください」
20代後半にうつ病を患ったことを包み隠さず話すこともあり「笑いを交えて経験談を伝え、苦しんでいる人の救いになれば」と願う。
「芸人活動を30年も続けられたのは、やっぱり楽しいから。みなさんが喜んでくれることが僕の生きがいです」と言い切った川田さん。温かな人柄から醸し出す優しい笑いで、これからもみんなを笑顔にするだろう。
(饒波 貴子)
<出演番組>
・「乾杯トークバラエティ ガレッジセールの英雄会議」
琉球朝日放送:毎週日曜16時30分~/再放送 毎週日曜24時10分~
<SNS>
・川田広樹X:@kawatahiroki21
・ガレッジセールSTAFF X:@info_garagesale
・YouTube →「ガレッジセール川ちゃんねる」で検索
写真・村山望